様々に去来する思いを透かして
愛するチベット民謡を感じてくれたら。
エマレホー、Tibetan Indigenous Music!
なんて素晴らしい!
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2015.06.01.Mon | -
けむる長距離バス乗り場
今回は車酔いをする息子のために、寝台バスを予約。
ゆうゆうと寝そべってバスに揺られている姿を思い描いて、もうこっちのものだなどと思ったのも束の間、バス乗り場に着いてみると、わけが分からない。
幸いチベット人の親しい友人が私たちを心配して、ダラムサラまで見送りにきてくれるからいいようなものの、停車している6〜7台のバスのどれが果たして私たちの予約したバスなのか全く手がかりなし。
冬休みが終わって寮に戻る子供たちと、その荷物をどっさり担いだお父さんやお母さん、若者たち、旅行者、そしてバス関係者のインド人とその友人(!)、ゴミ、物売り、見送りの人、牛、野良犬、土ぼこり、排気ガスが大声と入り交じって大混乱。

しかも私、おトイレ行きた〜い(こんな言葉はないと思うが、インドの屋外には公衆トイレなどほとんどなく『野尿』なのだっ)。

3〜40分経っても収拾がつく様子はなく、私と息子は友人にすべてを任せて近くの公園まがいの木立の中にあるベンチに避難してげっそりしながら、捨てられたインド新聞をおいしそうに食べ続ける牛を眺めていた。
大きな6ページはすぐになくなった。
すでに酔いそうになってさらにげっそりしていると、「やりませんか?これ。」と木箱と小さな棒を持ったインド人がやってきた。
(ん?)
この場所のこの状況に来るものとは? 
ふいを突かれ、一生懸命意識を取り戻すと、思い出した。
(ああ、これは耳ほり屋!)
しかめ面をして無言で頭を振った私に、彼はさらにソフトにうっとりこう付け加える。
「先っぽのこの白いところは、それはそれはふわふわなんだよ。やる?やってみる?フワッフワッ」
(頼むからあっち行って。その『ふわふわ』は何人のインド人の耳の穴に入ってくるくる回った『ふわふわ』なんだ!いっらな〜い!)
私の断固として制止する手で一応あきらめてくれた。
助かった・・・。
ふわふわ、い*ら*な*い。


2008.02.27.Wed 19:50 | インド
ここでギアチェンジ
息子が毛布が必要だというので、ダシューにひとり買い出しに行く。
普通のタクシー料金は乗り合いタクシーの10倍以上するので今日は節約。
おそらくそれとおぼしき車の運転手に「これはダシュー行きか。」を確認し、空いている前の席に座る。

後ろの席も人で埋まったのでそろそろ出発かと思いきや、やはりそうはいかないのがインドの乗り合いタクシー。
ここからさらに追い打ちの1人、そして2人。
おそらくは8人乗りの車に13〜4人はねじ込むのだ。
そしてさらに、やはり来てしまった。
私の座席の横のドアが開いた。
うっ!インド人マッチョですか!?
仕方なく運転手よりに詰めて、詰めて、詰めて何とかドアが閉まった。
ということは、私はどんな状態?
そう、腰骨は完全に両脇のインド人男性のそれとぶつかりあい、あばら骨もぴったり両側密着。
揺れるたびにさらに密着。
先ほどの左脇のマッチョはスペースが足りず、私の肩に腕を回している。
若かりし頃のボーイフレンド以上の密着度だ。
マッチョの体臭は私の鼻に直行。
視覚に道路のはじで遊ぶ猿の子供達、聴覚に独特のこぶしだらけのインド音楽、触覚にインド人男性の肉と骨、臭覚に体臭と排気ガス臭を感じ、到着するころには日本人としての私の感覚がばらばらか?!

などと考えていると、右側の男性も大きく運転手側にはみ出ているのがわかる。
ギアをまたいで座っているのだ。
ということは?!
坂道を急に下る時、それは起きた。
股間でのギアチェンジ!
今のはlowへだ。
ということは?!
secondへのギアチェンジもあるということじゃないか!
最初こそその男性自身もバツが悪そうだったが、左のマッチョによって今更体勢を変えるちょっとの空間も残っていない。
私も見えないふり、彼もされていないふり。
結局ダシューまで、その場所でギアチェンジは続いた。

2008.03.29.Sat 19:47 | インド
ふりかけを振りかけよう
数年前に比べるとずいぶんと発展したダラムサラ。
物価も一年でぐんと上がったし、物の種類も増えた。
トイレットペーパーなどは、以前はピンクのゴワゴワしかなかったけれど、今や切れ目入りの柔らかホワイトも登場。
ウェットティッシュもあるらしい。
食べ物も割合いけるイタリアレストランが数件あるし、ファーストフード店風情のものもある。
怖くて食べてはいないがケーキ屋もあるし、パン屋も4〜5件は見つかった。
スーパーでないスーパーマーケットもできて、値段を気にしなければある程度いろいろな物が手に入る。
チベット人の経営するおいしい喫茶店は3件ほど、ここの食生活にげっそりしている私たち二人を生き返らせてくれる場所だ。
ここのはケーキもちゃんとおいしい。

これはまあまあ、これはまずい!、これは高いけど買ってみよう、とやっているうちに最近ではそれなりに食べられる味の物をあっちこっちのお店から揃えられるようになった。
日本より高価なチョコレートとチーズ、パスタ、バジリコ、エクストラバージンオイル(なんと1500円!)。
日本食レストランオリジナルきなこクッキーとふいに売っているメロンパン。
いつもハエが一匹飛行しているケースに入っているシナモンドーナツ。
毎日直射日光に当たって劣化の恐れ大のチーズボールスナック。
ちょっと変てこな風味の、ミルクパウダー。
『スターバックス』と私たちが呼ぶおいしい喫茶店で分けてもらえるコーヒー。

これで、日本の我が家にいる気持ちを少し味わえる。
でもこれしかないんだけど・・・。

息子が言う。
「おかあさん、成田空港に着いたとたんにゴージャスなごちそうでいっぱいだよね。」
(ん?)
そう言われてみればレストランや喫茶店が沢山あったっけ。
そうか、キオスクだってゴージャスだ。
キシリトールガムはある、麦茶はある、16種類もブレンドした日本茶はある、さきイカだって、柿ピーだって、へたをすると天然酵母パンだってある。
これをゴージャスと言わずして何と言う!

私はお菓子をたくさん食べる人ではない。
それなのに、ここにいると日本のお菓子が恋しくなってしまう。
エビ味のおせんべえ〜〜〜!

主食はインドのお米が耐えられないので、わがまま承知で主人がインドに来るたびにお米を運んでもらって、2〜3日に一回食べている。
これでジャパニーズパワー!!!が出るのだ!
ふりかけやのりを持ってきて、ちびちびと二人で分け合って暮らす清貧の日々。
「あああっ!その辛味噌は日本のご飯がすっっっごく食べたくなって我慢ができなくなった時用に取って置いてよ。僕好きなんだから。」
と叱られ、彼にとても共感できた私は、ぶにっと出しかけていたがほんの1センチほどにしてとっておいた。


ふりかけや
はらりはらりとはかなげに
白いご飯に舞い降りる

2008.04.24.Thu 13:01 | インド
生物事典
小バエ
大蜘蛛
ヒル
ミニごきぶり
巨大なめくじ

小バエは野菜か果物に卵があるのか(ぐっえええ)時折大発生して、台所に入るのが恐ろしくなる。
蜘蛛は大柄で、益虫とは言え、夜中に顔の上でも這われた日には卒倒してしまいそうだ。
夕べなど、体長10㎝もある蜘蛛が枕元に潜んでいた!
Yes! ヒル。
ヒルいます。
ええい、こんな私の汚血などくれてやるっ!
7匹捕獲して外に放り投げました。
雨上がりには小ぶりのバナナ程はあるなめくじが這っている。
一応(!)殺生はペンディング。

インドの虫や鳥は動きがにぶい上に、かなり近づかないと逃げて行かない。
昨晩顔に何かがたかってかゆかった時、うとうとしていて、つい手でつかんでしまったら、感触上ハエだった。
!!!パキーンと目が覚めて、思わず手を放した。
時々素手でハエを捕獲するチベット人を見かけるが、案外できそうなこと。
ここの雀は10センチに迫っても逃げて行かない。
日本ごきぶりとインドごきぶりの100mm走をすれば、当然日本の圧勝だ。

けれどもガッツのある生き物には注意。
先日、日本人のHさんが洗濯物に潜んでいたサソリにさされたという話をきいたし、TCVには真夜中に熊が出没して、寮の中学生が顔をひっかかれたらしい。
去年滞在したときは、息子と遊んでいたゲストハウスの女の子を、猿が屋上から飛び降りて襲撃した。
犬は先日書いた通り。
現地の人もうっかり猛犬に出くわして、慌てて階段を降りようとして転げ落ち、足を骨折した人もいるらしい。
頭部だけ残して猿を食らう犬もいるとか。

くわばらくわばら。

2008.04.30.Wed 18:28 | インド
クサイリサイクル
そのうち帰国するのに台所の調味料や野菜入れなどたくさん買ってはもったいないので考えた。
日本では積極的にリサイクルに取り組む主婦とは言いがたいが、ミネラルウォーターのペットボトルを見てひらめいたのだ。
そうだ、これを切って、上からふたのついた三角錐の部分をちょこんとのせてみよう。
いろいろな入れ物になるじゃないか。
まずは、ダール。
そしてトマト。
減った具合もよく見えるし、ほこりや虫も入りにくいし、古新聞の袋がぐちゃらぐちゃらと置いてあるよりずっとましになった。
すでに鉛筆立てと洗面用具入れは作成済み。
これなら帰る時さっぱり捨てる事もできる。

インドはゴミ制度がないので、ニューデリーでは卒倒するような状況。
10年程前に初めてインドを訪れたときは、電話屋のドアがハエで曇って(!)見えなかったのを覚えている。
実家に無事を知らせる電話をしたのだが、
「なかなか電話をくれないんだから。」
と文句を言われてこの場に身を置いてみよ!と叫びたかった。
生ゴミ捨て場は目を覆わんばかりで、息を詰めて足早に通りすぎずにはいられない。
ある日のこと、その場所で豚の親子連れが腐敗ゴミまみれになってブーブーとうれしそうに食事をしているのを見てしまった!
その日は一日食事が喉を通らなかったっけ。
それからいつだったか、あのりりしい馬までもが腐敗ゴミランチを・・・。
(君はプライドを捨ててしまったのですか?)と心の中でつぶやいた。
がその時、知り合いが同じような光景を見ていると、ふいにその馬に「悪い?」というオーラたっぷりの上目使いでじっと見られたという話を思い出した。
(君は悪くない。)と訂正。
当時の私のインドの印象はまさに『ゴミ!』だ。
今でも生ゴミ臭はちょっとつらい。

しかし、ここダラムサラでは熱心なチベット仏教徒のリチャード ・ギア氏がゴミ収集のために寄付してくれたお陰で、町には大きなゴミカートがあってトラックが運んでくれる。
ありがたや、ありがたや、ギア様様。
朝ゴミ捨てに行くと、元気一杯の犬達が、カートに突進したかと思うと投入口めがけてジャンプ!
そしてスポッとゴミパラダイスに消える。
牛もよく朝食を食べにくる。
道ばたでも朝はまだ収集されていない食事であふれているから、様々な生き物が集まっている。
時折、インド人のおじさんがまだ使えそうな箱やらペットボトルやらを探していることもある。
昨日はカートに人間が入っていた!
つまり、もうその場で半分リサイクル&リユースされちゃっているのだ。

けれど、ゴミをちゃんと捨てるという習慣はまだまだ業者ゴミくらいで、猿が食べるはずだとベランダから生ゴミを捨てる主婦もまだまだいる。
道を歩きながら物を食べる人たちは気持ちよいくらいに思い切りよくあっけらかんとポイッッッとやる。
だから、せっかくの山肌がビニールのスナック菓子袋などで一杯。
これはいかんよ、チベット人諸君。
人口密度も少なく、天然素材のもののみを使って暮らしている時だけですっ!
文明的な暮らしは、何気なくしちゃってたことも意識の中に入れにゃいかんのだ。
作っちゃった以上尻拭いにも目を行き届かせるってこと。
大変よね。

2008.05.09.Fri 17:53 | インド
これでまた4人
日曜日の朝食。
今日はちょっと疲れているからモーニングセットを食べに行こう、といってもこの辺りにそんなしゃれたものはない。
それなら地元の人が行くような喫茶店で軽く食べてみようと、初めてここを訪れたときに息子がたいそう気に入った喫茶店を探したがまだ開いていない。
すると、後ろから知り合いのリンポチェが。
「何を探してるの?」
「ここに住んでいる人が行くようなインド人のやっている簡単な喫茶店を探しているんです。」
「ああ、それならそこの2階にあるよ。」
とタイミングよく教えて下さり、さっそく息子念願の卵焼きサンドとスイートミルクティーを注文。
そこはコックさんをしているおじさんが、ある時はウェイターになり、ある時はキャッシャーになる。
パンから卵焼きがうんとはみ出しているので、パンのおかわりを再度注文して、ハエを追い払い追い払いしながらテラスでおいしくいただいた。
料理中のキャッシャーとしてのおじさんに支払いに行くと話しかけられた。
「どこから来たの?」
「日本です。」
「おいしかった?」
「ええ。とても。」
するとおじさんは、
「また時々食べにおいでよ。」
と笑顔で言った。
「そうするわ。またね。」
私も笑顔で答えた。

到着したばかりの数日間野菜を買ったインド人の経営する八百屋。
その後はもっと新鮮な八百屋を見つけたので、時々しか行かなくなったが、そこを通り過ぎるたびに
「おはよう。」
と声をかけてくれる。
最初は誰だろうとはっと声のする方を見てみたのだが、それは私に向けてだった。
八百屋のおじさんがトマトやバナナやほうれん草の間に座って目を細めるようにして私に笑顔を見せていた。
ちょっぴり寂しそうでやさしい笑顔。
それからは毎朝あいさつをするようになった。
息子達のスクールバスからの帰り道、時々果物をくれることもあるらしい。
おじさんありがとう。

先日息子がいつもより早く、しかもへばらずに帰宅した。
どうやらバイクで帰って来たらしい。
一体誰が乗せてくれたのだろうと尋ねてみると、近くの喫茶店のウェイターのお兄さんだそうだ。
暑い日差しの中、へろへろと息子が歩いていると、
「Hey! どこ行くの? 家か、じゃあ乗りな。」
とあっさり誘われ、猛スピードで風を切ってかっこよく帰ってきたという次第。
日本なら、そのお兄さんはさしずめ『誘拐犯』やら『不審者』やらと嫌疑をかけられるところだ。
息子だって平気な顔で、ほんの少し顔見知りなだけの人を信用するなんて危険だと言われるだろう。

TIPAのメンバーがハンガーストライキをしていた(ん〜私も混ざりたかった)時のこと。
友人のDとフェンス越しに話していると、Dの隣から声が聞こえた。
「俺にも紹介してくれよ。」
握手を求めて手が伸びてきたが、フェンスの網の1コマのサイズが小さい。
仕方ないので私たち2人は2本の指でシェイクしてお互いのことを少し話した。      つづく

2008.05.20.Tue 18:55 | インド
そしてまた2人
息子の散髪のために理容店に行くと外の待ち合いのベンチに座っているお坊様が、人懐っこい笑顔を浮かべ隣の席を勧めてくれた。
息子が腰をかけるなり、どこから来たかを尋ねる。
その後、私にいろいろな質問をしてくるので、暇つぶしに私もお坊様に質問してみた。
アムドから来て2年程仏教の勉強をしていて、そのうち両親をインドに呼び寄せたいとそのお坊様は答えた。
日本の東北弁に似たアムド訛りで素朴な人柄。
『私は安心しきってます。いつも楽しいです。』と顔に書いてある。
しばらくすると散髪が始まったので別れたが、キャンドルマーチを見物しているとそのお坊様と再会。
我が家のすぐ近くのお坊様のための仏教研究所に住んでいたのだ。
「名は何と言う? あ〜? ここに書いてもらった方が良さそんだな。
電話番号も教えてもらうが。
オラの名はPだ。
ちょこっと待って、電話が通じるかかけてみっから。」
つい警戒してしまう気持ちをいかんいかんとかき消して微笑む私。
「ああ大丈夫だ。んだば、今度は電話してお茶を飲んだり話をしたりすっぺ。」(東北弁これでいいですか?)
(本当に大丈夫かなあ)
とつぶやいていると息子に叱られた。
「お母さん、見ればわかるでしょ?あの人は本当にただお母さんとお友達になりたいだけだよ。」
お母さんは擦れてしまったのでしょうか?


日本にテレビ局が取材にくるというので、その時間に合わせてデモの貴重な情報をメールしようとインターネットカフェの前で8時半から座って待っていたがなかなか店員が来ない。
隣近所のお店はほとんどが開いているというのに。
ため息を何度もついて30分ほど経った頃、三件隣にある曼荼羅屋の店員が私を気にかけて来てくれた。
「もうあんたは随分待ったね。もうすぐ来るよ。」
それから15分ほどしてやっとバイクが到着。
シャッターが開いた。
すると先ほどの曼荼羅屋のインド人のおじさんがまたやって来て、開店のお手伝い。
「アチャ。ヒンディー語で『どうぞ』ってことだよ。」
と、店内にうやうやしく招くポーズをしてくれた。



朝の横道



こうして無愛想な私にも関わらず、何もしないのに友達の輪は勝手に広がっていく。
いいんじゃない?

2008.05.20.Tue 18:57 | インド
メラメラ祭りだ、祭りだあ
 インドのお祭りが始まった!

何の?かよくわからないのだけれど、ジョギワラ・ロードという通りに屋台がずらりとならんでにぎやかだ。

ここが終わるとまた次の開催地、また次の開催地とインド中を回るのだそうだ。

日本のお祭りを恋しがっていた息子も大喜び。

竹の柱にブルーシートの即席出店に、すごい数のおもちゃやアクセサリー、家庭雑貨、飾り、古着・・・。

しかしこれだけガラクタが並んでいると、選びたくなるのだ(!)。

『ゲテモノ』、『まずうま』、『通好み』が山とディスプレーされている。

へこんだ顔の赤ちゃんやら、ねずみだか馬だか犬だかわからないゼンマイ仕掛けの人形やら、空き缶を切り抜いて作ったようなブレスレットやら、鏡に派手なアニメーション風神様が描かれた壁掛けやら・・・。

んっふっふ、私はこういうの結構いけるんです。

自分のために10ルピー(約30円)のイヤーカフをひとつ買い、撮影大会だ。




息子にはお小遣いを渡し、例の3人の子供達には見繕ってお土産を買った。

太陽君と蜂の子君には、TCVで流行中のプロレスのレスラー達がカードになっているものを発見して即決。

しかも嬉しいことに、教室でなりきっているというそのレスラーが表紙のカードケースがそれぞれあったのだ!

やった、やったー。

え〜と太陽君は、いわゆるレスラーらしくなく、野球帽に半ズボン、Tシャツ姿で登場し、リングに立つとさりげなくレスラー化するところがクールな、元アーミーのつよ〜いジョン・セナ。

蜂の子君は目つきがいかにも凶暴で、絵に描いたようなレスラー歩きで登場してくるアンダティカ。

ちなみに息子は、長年鍛え込まれた筋肉が威厳を語る、誠実そうないぶし銀の中年の魅力バティスタ。

・・・レスラーの解説者になってどうする!

月子ちゃんにはハートのブレスレットと、私とお揃いのイヤーカフ。




んん? 人だかりがしている所は、古着屋か。

中国語や日本人の名前が刺繍してあるジャージなんかが山と積まれている。

北京オリンピックの残り物?

造花屋だ・・・そういえばこの町には花屋というものがない。

焼き鳥やたこ焼きはないけれど(食べたい・・・)、おやつだって大きなフライパンで作った揚げたてホヤホヤのを売っている。

想像以上においしかったので、授業の合間のブレイクのためにみんなの分も買って持たせた。

太陽君は、「第2土曜日に町に行ったら、僕、このおやつを山ほど買うぞお〜!」と雄叫びをあげたそうだ。

おっと、数ヶ月前に実は彼のために半年分のお小遣いを事務所に預けておいたのだ。

彼の意欲満々のつり目が目に浮かぶ・・・そんなに喜んでくれてよかったぞお〜。


翌日疲れてしまってなんと息子は学校を休んだというのに、夕方に回復すると、散歩に出たいというので仕方なくドアをあけ、坂を上ろうとすると目の前に悟君達兄弟が。

タイミングが良すぎる!

「メラ(ヒンディー語でお祭り)行くか?」

「ね、いいでしょ?おかあさん。」

これだけタイミングが良くては神の采配(大げさ・・・)としか思えない。

許可するしかないでしょう。

「いいわよ、いってらっしゃい。」

悟君なら、安心して預けられる。

んじゃま、私は部屋で一休み・・・とお茶を飲んでゆったりと歌詞の暗記なんかしていると、帰って来た。

DVD見せて欲しいんだって。」

とぞろぞろと4人が入って来た。

仲良し4人組はベッドにずらりと並んで鑑賞。

いいな、いいなあ。

あとで聞いたところによると、悟君はお祭りで息子にいろいろとごちそうしてくれたそうだ。

ん〜、よその子から愛情をもらって、息子はまた人格の底がほんの少し深くなったことだろう。






































2008.11.07.Fri 15:15 | インド
父上母上の底力
インドのテレビ番組でうなってしまった。
親を非常に敬うのだ。
チベット人たちもすごく子供に愛され、一目置かれている親が多いのに驚く。
その価値があるというところに、盲目的に年上だから何でもかんでも尊敬しろというのとは違う世界がある。
ふと我が身を振り返り、母国の年長者達を思い出してみれば・・・いかがなものだろう。
勝者を目指す事を第一目標にさせたり、他人の目にどう映るかを最重要基準にしたり、物質を最も多く持つ者
を最も評価したり、心を柔軟にして歩むべき方向を定めようとする努力を完全に放棄していたり。
文明のパラダイスは、そういう穴に落ちてしまう設定が山とあるのだから、朦朧としてはいられない。
やはり、敬われているお父さん、お母さんは偉大だ!
セクハラじゃありませんが、お母さんは女性らしさを生かして、日常のこまごまとしたことから、受容という大きな母の愛を感じられるような振る舞いを毎日している。
早朝から一番に起きて、一心に家事をやるだけでも、素晴らしい!
「自分でやりなさい。」より、お母さんがせっせと世話好き全開(ここ赤線)で身の回りの世話をしてあげていると、自然と子供が真似をしてくる(子が多い)。
私など、「もうー、お母さんに手間をかけさせないでよ。自分でやって!」などとのたまう始末。
お父さんは、外に出て狩りをすることと、何と言っても筋肉勝負を忘れずにお願いしたいものだ。
その子やお母さんのために実物の汗をかくのを目撃することは、母子ともに最高の喜びなのです。
そしてそんなお父さんさえもが頭をさげる仏陀様。
そう、強欲の人生でなく、慈悲の人生に両親が身を捧げていることは子供にとってとてつもなく大きなこと。
たとえ両親共がろくでもなかったとしても、行くべき道がわかっている。



インドのファミリー映画やテレビ番組では、生活、子育て、あらゆる面に哲学的な面が顔を出さずにはいない。
私が見た人気映画では、家訓が登場したが、そのひとつに『年長者が年少者の過ちを許す』というのがあった。
余裕の寛容さってことだ。
厳格こそが立派であるように生きてきた日本人とはちょっと違う。
とにかく、この映画はヒンディー語で、英語の字幕がパッパカパッパカ表示されるので、他の家訓が正確に拾えなかったのが残念。
このストーリーは複雑な親族関係から父の望まぬ結婚をした長男が勘当されてしまうのだが、次男が耐えきれずに尊敬する偉大な父に勇気を奮って苦言を呈するというもの。
「親族間の複雑な事情があるとはいえ、父を愛し尊敬している息子が愛する女性と結婚したということに何の罪があるのか?」
「一体勘当とは何のための罰なのか?」
「我が家の家訓は『年長者が年少者の過ちを許す』はずだ。」
「お父さんだって本心はお兄さんを愛してるはずだ。」



過去のさまざまないきさつからすんなりとは長男の結婚を受け入れられなかった父が、一晩をかけてこの言葉に深く反省し、何年にも亘るわだかまりを潔く解消し、結局仲直りするという話だが、威厳のある父親の様子といい、両親に対する息子達の振る舞いといい、まるで賢者と弟子なのだ。
最後に父はプライドを捨て息子達を抱きしめて静かに言う。
「父を許しておくれ。」
これまたプライドを捨てたところが賢者らしいんだなあ。
謙虚さというか正直さというか、誠実さの追求というか。
そりゃ、映画だからインド人にとってのあくまで理想のファミリー像なんだろうけれど、侍を父に持つ頃の日本の理想の家庭という雰囲気が現在もそのままあるんだなあと感心した。
家族全員から精神性が覆い隠されていない。



法王様も以前こんなことをおっしゃった。
「インドは、その辺りの物乞いをしている人の中にも深い哲学を語る人がいます。」
インドの底力か。





indian monm

2008.12.13.Sat 14:42 | インド

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