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様々に去来する思いを透かして
愛するチベット民謡を感じてくれたら。
エマレホー、Tibetan Indigenous Music!
なんて素晴らしい!
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2015.06.01.Mon | -
怒りに揺れる寝台バス
やっと乗りこんだ寝台バス。
2階部分が寝台になっていて、たとえ他人であったとしても2人ずつ一緒に寝る!
その下に座席。
私は息子に「お坊さんの上なんていうのは勘弁して欲しいね。」と言うと、息子が「お母さん、下、お坊さん。」
恐縮です。
頭の上でそっと横にならせていただきます。
いよいよついに、まさについに発車して、息子は大はしゃぎ。
ついでに私も寝台の旅にうきうきせずにはいられない。
寝転がりながら流れるインドの景色を眺めるなんてオツだなあ。
うとうとして牛やらターバンやらの焦点がぼやけてきたらそのまま眠ってよいなんて。

ところが、車内はどこか落ち着かない。
あっちとこっちで大声で言葉が飛び交っている。
寝台から身を乗り出して車内の様子をのぞいてみると、どうやら座席の中におじいさんがいることが理由らしい。
お年寄りを大事にするチベット人は、それがとても気になるので、なんとか寝台に行かせてあげたいということなのだ。
おそらくは他人である、ある一人の世話好きなおじさんが、そこの寝台には入らないか、そっちに入れてもらえないかと交渉中。
そしてついに若いお母さんが自分の幼い子供と三人でもいいと応じた。

一見落着と思いきや、怪しい雲行きになってきた。
いろいろ交渉しているうち、奥の寝台を若者が一人で使っているらしいことが判明。
そのことが、このおじさんの怒りに触れ、
「あの若いやつは寝台を独り占めしてるのに、お年寄りを入れようともしない。小さい子供もがまんして座席にいるのに、なんてことだ!寝台は2人用だぞ!」
となった。
特別料金を支払って寝台を予約した人数がたまたま奇数だった訳で、余計なお世話と言えば余計なお世話なのだが、おじさんにとって人としての親切心や心配りがあるかないかの方がよっぽど大事という訳で、簡単には治まらない。

すると、バスの運転手のインド人が何か一言文句を言った。
と、さあ大変。
怒りの矛先は今度はそのバスの運転手に。
「何だ、その言い方は。人にものを言うときは丁寧に言うもんだ。そんなひどい言い方は失礼きわまりないぞ。」
やはりおじさん、人としての善き心がないことが気に入らないのだ。
少しの間、インド人運転手がしかられつつ運転が続いた。

チベット人らしい熱血の振る舞いを天井から見せてもらい、それぞれ理由はあるだろうにとは思いつつも、やはりシステムなどよりも人間としての配慮が優先させられるというのは生きている時の安心感が違うなあと感じているといつしか眠りに落ちていた。


2008.02.27.Wed 20:39 | チベット人
巻き舌の勝利
通常なら11時間ほどなのに、何度も渋滞に巻き込まれたお陰で16時間もかかってダラムサラに到着すると、私の部屋が完全な空っぽだとわかる。
とりあえずホテルに一泊することにして予約を入れ、到着当日だというのに、早速夕方にタクシーで30分山を降りたところにあるダシューという町に生活必需品の買い出しにいかねばならない羽目になる。
勘弁しておくれ・・・。
ダラムサラには毎日か数日おきに消費するものか、旅行者用のとりあえずのものしか売っておらず、ちょっと割高。
地元の人はダシューで買い出しをする。
身も心もへろへろに疲れている体に鞭を打って、主婦の友人二人と共に、カーペットからふとん、シーツ、洗濯用バケツ、スポンジ、カーテン、カーテンレール、せっけんなどを調達。
彼女達の腹の据わった交渉で、実にうまい具合に文句やはったりが効果的に事を運び、必要な情報を得、適正な価格で品物を揃えることができた。
ん〜、さすが。
カッコいい!
カーテン屋では、縫製代が高かったが、彼女が
「うっはあー、何その値段!? けっ!こんなのまっすぐブルル=====ッ(ここ巻き舌)とただ縫うだけでしょ! ったくあきれちゃう。」
の一発でインド人カーテン屋は渋々苦笑いをうかべて納得のいく価格に下げざるを得なくなった。
私も数回この地を訪れて、おとなしく言われるがままではなく、相手のずるさや抜け目のなさに頭にくるとずいぶんとクレームをつけられるようにはなったものの、この迫力と自信はまだまだだ。

インドには3種類の価格があるという。
1、外国人価格
2、チベット人価格
3、インド人価格
これは高い順だ。
私は顔がチベット人に似ているし、チベット語を少し話すので微妙らしく、1と2を行ったり来たり。
一言二言しかしゃべらなければ、海外在住チベット人というところあたりに収まっているようだ。
西洋人がネックレスをどちらにしようか迷っいながらぐだぐだと交渉している時に、隣からひょこっと顔を出して、「コモ、カツレ?(いくら?)」とできるだけうまい発音で聞いてみれば、お店の人はうっかり2番の価格を言ってしまう。
うっしっし。
先日はこの作戦で350ルピーのお目当てのネックレスを200ルピーで購入させていただきました。
黙って2番の金額を出すという作戦もある。
つまり、2番の価格を知っている現地人という証だから。              

2008.03.29.Sat 19:41 | チベット人
ロクパいる?
翌朝、ものは全て部屋に届き、新居に移った。
ただし、カーテンなどは壁に釘を打って、事前に計って買ってきた針金のコイルのようなものをつけるのだが、全て自分で設置する。
ほとんど自力設置が基本。
数日後ガスを用意するが、ガス栓を接続して使えるようにする、それも自力。

サービスが充実していないということは、自分の筋肉と脳みそを使って、そして手伝ってくれる友人を持つ事によって生きる事といってもいい。
この事は、息子に最も学んでほしい事のひとつ。
バス停に何の表示もない、さあどうする。
バス停がどこかさえわからない、さあどうする。
お札を出すとおつりがないと責められた、さあどうする。
目的地への通り道には牙を剥いた放し飼いの犬がわんさといる、さあどうする。

チベット語には『ロクパ』という言葉がある。
『手伝い、助っ人』の意味だが、何かにつけて「あんたのロクパは誰か?」と聞かれる。
少し大変そうなことをする時や、遠くに行く時だけでなく、日常でも。
しかし、ここで生活してみるとまさに『ロクパ』が必要なのが身にしみる。
私は外国人の中でも特にひ弱な日本人だからもちろん必須だけれど、チベット人にも言えることだ。
うっかりしていて真っ暗になっても肩を組んで懐中電灯を点けて帰れば怖くはない。
そして正確な情報を得ようとして返ってくる3人3様の答えの中の、誤ったものを採用して行動した時の心細さもかなり軽減できるし、インド人のインチキに対抗する時の応援団もいた方が断然有利になる。
物は容易に壊れるから、そんな時は切れた紐、破けてしまった袋、取れてしまった取っ手に対処する助っ人が欲しい。
それに、長時間待たされたりすることはよくあることだし、山道を何十分も歩いたりする時、楽しくあれやこれやとおしゃべりができる。
という訳で、『ロクパ』がいることによって快適な生活が送れるのだ。

ところが、私はひょっこりやって来た外国人。
知り合いと言えば、山道をずいぶん下ったところに住む共働きで赤ちゃん持ちの忙しい兼業主婦や、畏れおおい偉いお坊様や、ジョーク連発の大学の用務員のおじさん、徒歩40分の芸術団のアーティストなどといった人たちなので、しょっちゅう、ささいなことでも誘い合うような『ロクパ』は今のところいない。
せめてもの頼みの綱は我が息子。
息子が寮に宿泊した折、思った以上に彼を頼りにしていることに気づかされた。
一人きりの夜はやはり心細いし、一人で町をふらつけばインド人にナンパされるし、どうしよう迷ったとき独り言を言っていると空しくなる。
こんな時息子がいてくれたら・・・
「おかあちゃん、そうだね。」の一言だけでも心強い。

小学校で彼には、勇敢な『ロクパ』ができたようだし、私もそのうちどんな『ロクパ』ができるか楽しみだ。

2008.03.29.Sat 19:42 | チベット人
気配消しの術
噛まれてしまった!
何と言う不覚!

息子を迎えに小学校に行った折、ある寮で飼っている中型の凶暴な犬が3〜4匹よってたかって私を吠えたてた。
後ずさりも弱みを見せることになるし、急いで逃げるのも襲撃を加熱させるしで、残る道はただ一つ。
ゆっくり落ち着いて通り過ぎようとしたが失敗。

後ろの死角からガブリッ!

到着した息子の寮母さんに話してみると、
「牙が刺さった? だったらすぐに注射をしないとだめですよ。」
と言われるが、狂犬ならいかにもよだれをたらして狂気の目をして狂ったようにめちゃくちゃに走るはずだから大丈夫とたかをくくっていたが、やはり注射が必要らしい。
大きな注射40回だとか1年後に死んだ人もいると聞いて、3日も間を空けてしまった私は焦って病院に。
「どうしました?」
「あの・・・犬です。犬に噛まれました。」
ちょっとみっともない。
「・・・ふ、ふむ。そうでしたか。それはいつ? 見せて?」

幸い最高でも5回で済むらしいが、この町は凶暴な犬がそこらじゅうを闊歩している。
これからどうすりゃいいんだ!
私は幼い頃犬に噛まれたこともあって、ちょっと犬が恐い。
しかも、知らない場所に行ったときは犬から見れば挙動不振で、泥棒に見えるのは当然だ。
ちょこっと顔を出して、ここではなさそうだと思うと、すぐ顔を引っ込める。
先日も知り合いのお坊様の部屋を尋ねようとして、これをやってしまい、案の定怪しまれた。
「Help me〜〜〜!Plea〜se! Help me!」
と思いっきり恥も外聞もなく叫んで助けてもらったものの、もう少しで二匹の猛犬にがぶりとやられ、太ももは牙の穴だらけになるところだった。

夜になるとこの町は犬達の喧嘩のうなり声と遠吠えでうるさくて寝られないほど。
犬棒カルタじゃないが、この町では、十歩も歩けば犬に当たるのだ。
ご主人様のように振る舞うのはどうもうまくないので、忍者よろしく気配を消す訓練を始めた。
犬を見てしまったら、見なかったことにして、あらぬ方向を見つめて頭を空っぽにする。
それから何より、ここの人々の行動するテンポと同調することで浮かないようにすれば目立たない。
走ったり、せかせか歩いたり、ちゃきちゃき機敏に動いたりせず、もっさりもっさり行動するのだ。
それから、日本臭たっぷりの服を着ないようにした。
ここで調達したものか、ここの水と洗剤で洗ったものを着れば彼らの臭覚に関しては大丈夫なはず。

昼寝犬


これが功を奏したのか、私の波動が現地となじんだのか、その後1ヶ月経っても牙の穴は一つで済んでいる。


2008.03.29.Sat 19:48 | チベット人
のどが荒れても法王猊下
ここにいると、法王様とはチベット人にとってどんなお方なのかを感じ取る事ができる。
日本で、「ああ、ダライ・ラマじゃん。」などと耳にすることがあるが、ここでは王様でもあるし、聖者でもあるし、大統領でもあるし、観音様の化身でもある『法王猊下』であらせられる。
だから、何千人と集まるチベット舞台芸術団(TIPA)のオペラの最中だろうが、運動会の最中だろうが、法王様がお出ましになる時もご退出なさる時も、完全に全て中断だ。
アーティストも観客も競技出場者も、皆起立して、多くの人は手を合わせてお迎え、お見送りをする。
会場だけでなく、通り過ぎる道でもだ。

去年私はそれで風邪をひいた。
4時間待ちの、謁見一瞬。
皆、手には花、お線香、お布施、カタを持って、ひたすら法王様が通られるのをずらりと100メートル以上ひしめいて待っている。
道のポイ捨てゴミは掃除され、香が焚かれ、両脇には石が並べられたり、道路に法絵が描かれたりもする。
こんなに待っているのだから、ゆっくりと歩かれていろいろな捧げ物を受け取られ、運が良ければ祝福を与えてくださるに違いないと勝手に解釈し、私もお花を握りしめて待って、待って、待ったが、とうとう車でシュンと行かれてしまわれた。
呆然とした私は気がつけば4時間乾燥した排気ガスだらけの空気を吸い続け、のどがいがいがしていたという訳だ。

ところが、それがだんだんと気持ちよくなってくる。
そして気がつけば法王様がこの町に住んでいらっしゃるだけでもとても安心感を感じている。
もちろん法王様のおっしゃっていること、行動が素晴らしいということが前提だが、頭を下げることのできる王様というか聖者的存在がいるということによって、自分に、ある焦点ができる感覚が生まれる。
心の深層にある元型が外界に体現されている快感ということか。

この感覚は長い年月、チベット人達を力強く支えてきたはずだと思えてならない。
『へつらうことが悪いのではない、へつらう価値のある人を見つけなさい。』
という言葉をどこかで読んだことがあるが、へつらう気持ちよさを法王様によって味わう事ができる。
この方なら、へつらっても私を蔑むこともなく、むしろ大切に思ってくださるとわかるのだ。
それこそが真の王者だ。
だから、もっと頭を垂れたくなる。

自我は自己に道を譲るべきなのだとしたら、シンプルなこのような体験はなかなかいいものではないだろうか。

日本ではなかなかこの体験はできないから息子にも実感して欲しい。
もっとも最近では私が法王様の写真を指差すと、丁寧に手のひらで示すようにとしかられるが。

ところでデモの成り行きだが、昨日はやはり例の写真の影響で、重傷者と死者に扮した真っ赤に塗られた男性を肩に担いだり、布で運んだりするデモが行われた。
今日は死体写真の上部に、生きていた頃の写真が対になったものが張り出された。
いかにも慈悲深く、聡明そうな若いお坊様のかすかに微笑んだ写真と血に染まった遺体の写真との対比は、悲惨さを強調させ、また現実を突きつけてくる。
西洋人達も、チベットTシャツを着たり、国旗を手にしたりして支持を表明する人が増えてきた。

2008.03.29.Sat 19:52 | チベット人
涙と虫歯
大量のアメリカ国旗を飾った理由が判明。
昨日はアメリカからお偉いさんが大勢ここを訪問したのだ。
人権関連と、Tibetan Children Village(チベット人学校)の大スポンサー達らしい。
息子が学校で、彼らを歓迎するために国旗を作らされ、ついでにずいぶん待たされてお昼抜きになってしまったと、ふらふらとマジックで描いたかわいい国旗を持って帰宅した。

そして、それとは別に、チベットから到着したばかりの若いお坊様がいたのだけれど、
「ずうーっと泣いてるんだよ。歩きながらずうーっと。」
と報告してくれた。
チベットでのデモから命からがら逃げてきたからなのか、自分は亡命したものの、同士達が無惨な姿で殺害されたことを知って涙が止まらないのか。
幸か不幸か、息子達小学生にはまだあまりピンときていないようだ。
ところが先日学校で
「私たちは学ぶために両親を残してここに来ました〜♪」
という歌を皆で歌ったら、何人ものクラスメートが泣いてしまったと言っていた。
その子供のボケ度にもよるから、まだとても無意識的な子供は目の前の感覚の方に大きく開かれているけれど、
いつも平然としているようでいて、実は気が紛れている時だから遊んでいられたのか。

息子と縁のあった太陽君には、私なりに日常のことから気にかけてあげたいと思っている。
息子がお菓子やシールを分けてあげるととても喜ぶらしいが、
「僕のお母さんが、困ったことあったら手伝うって言ってたよ。」
と聞くと太陽君はそれはそれは喜んだらしい。
先日、
「僕、歯ブラシが買えないから虫歯になっちゃったんだ。」
と言いつつ、授業中、シーシーやっていたと聞いたので、早速息子に買って持たせた。
できれば治療費を渡して治してあげたいのだが、虫歯が痛むことを訴えても先生に「そのまま放っておきなさい。」と言われ続けているらしい(!)。
乳歯はどうせ抜けるのだから、ほったらかせということね。
私は、歯はとても大事だから、この歯ブラシで奥歯や歯と歯茎の間をよ〜く磨きなさいと必ず伝えて渡すようにと息子に念を押した。
太陽君は
「お母さんに、ありがとうと伝えて。」
と喜んで歯ブラシを受け取ったということだ。

2008.03.29.Sat 19:54 | チベット人
カルマパ様〜!
今朝の3時30分頃、大勢のざわめく声が通りを歩いていくのが聞こえた。
けれども犬があまりに吠えるので、言葉はひとつも聞き取れなかった。
こんな時間にデモ?と不思議に思ったことを息子に伝えると、
「おかあさん、霊だよ。火の玉は夜の一時に出てくるし、幽霊は2時、そして3時はどこかに行く時間なんだきっと。」
などと言う。
まーさかあーとは言ったものの、あながち嘘ではないかも・・・。
皆のサポートに自らも頑張ろうとここまでやってきたのか?

このことは誰かに確認してみることにして、おはようございます。
昨日、息子の小学校をカルマパ様がご訪問なさった。
カルマパ様とは、亡命しているチベット人の中でナンバー2のお偉い存在。
法王様に次ぐ聖なるお方なのだ。
カルマパ様は現在22歳で、14歳の時に意を決して亡命なさり、ダラムサラにおいでになった。
まだまだお若いけれど、見るからにご立派な風貌で、法王様も頼りになさっているようにお見受けする。
大きな行事の際は、お二人が並んでお座りになり、時折法王様がカルマパ様に感想などを耳打ちなさったりする。

チベット人が大好きなブロマイドも、仏様を除いてはお2人のものが圧倒的に多い。
チャーミングな笑顔の法王様と苦みばしったカルマパ様がお手手をつないでいるブロマイドなどもある。
法王様が引退なさるということを最近口にされているようだが、その後継者はチベット人の圧倒的な信頼と尊敬と人気を集めているカルマパ様ではないかと噂されている程だ。
我が息子も、昨年謁見に行って部屋を出るなり一言。
「かっっっっこいい〜。」
私は思いっきりうなずいた。

さて、小学校では一時間待って、列をつくってお出迎えをしたそうで、当然その間授業はなーし!
さすがチベット人。
授業より大事ってことだ。




2008.03.29.Sat 19:55 | チベット人
ぶん殴りと暴力
息子は日本に帰りたくないとつぶやく。
何故かを尋ねると、
「ここでは、『先生に言いつけるから』といやらしく言ったり、それを意地悪の理由にしたりする子がいないんだ。
頭に来たら大きな声で文句を言って、それでもやめなきゃぶん殴って、それに対して頭に来たら闘うんだよ、おかあさん。
それを友達もひどくなるまで止めたりしないで許して見ていてくれる。
それがすっきりするんだなあ。
だから、ぐじゅぐじゅ変な風にいじめる子がいないよ。
日本だと、『いけないんだあー。』と無関係な人まで言いにくるし、先生は『とにかく暴力はいけません。』って、もっとひどいことを態度でやった人より、殴った方を責めるじゃないか。」
「なるほど(お前は殴りたいのねと思いつつも)。
一人一人が自分の判断で相手とやり合うってことね。
『暴力はいけません。』の決まりを守ったり、守らせたりというのじゃなく。
ちょっかい出す方も、やられた方もお互いが決まり抜きでガツンとぶつかりあってどう決着をつけるか自分自分で対処する訳ね。
ふむふむ。
それは、やる気がでるね。」

トラブル発生するごとにこれをやっているから、逆にたいした大事にはならず、あっさり一発二発ぶん殴って終わりとか、どなりつけて終わりとかになるようだ。
しかも意外と力の弱い子だって言いたい事は言うし、やりたいことはやる。
もちろん、正義の味方や、判官びいきや、クラス全体が介入する事だって時にはある。
でも決まりを守った破ったというよりは、本人同士の気持ちがどうであるかの方に焦点があるようだ。


dear stone



これはたいした事ではないように見えて、結構重要なことなのかもしれない。
自分自身の身の振りようを自分の責任で決断し、そうする友人をも受け入れるのだ。
生身で相手と対峙する。
そこに決まりという盾はない。
まともに出会うのだ。
正直な感情が湧き出て、相手のそれと混じり合い、自分の力や知恵を存分に発揮させて、結果的に相手とどう折り合うか調整させるころには、相手の心情を考慮に入れなければ対処できない事を体感する。
幼い頃のこんな体験によって人とは何かを理解するのかもしれない。
決めごとが初めからあって守らされるのと、体験的に結論づけられるのとでは大違いだ。
飛び込んでみて初めて何がどうなっているか理解するのだ。

けれども、その土台に特に歪んだ心があっては結果もひどいものになることも然り。
やはり、無邪気さだったり、正当な防衛行為だったり、不当な扱いに対する健康的な怒りということが基本だ。そして日本人ほど罪悪感が強くないことも、事態をこじらせずに済む要因となっているのかもしれない。

日本人がおかしな方向に傾きかけていることと、私がチベット人に惹かれている理由を解明するには、子供のこうした様子をじっくり観察することが多いに役立つ。
そして、物質的にある程度十分な暮らしをし始めた若いチベット人の中に、日本と同じような変化を最近感じ始めたのも事実。

2008.03.29.Sat 19:59 | チベット人
したいしたいお世話
その他には、年長の子供達が年下の子供達に優しくしてくれることが多い。
日本でその逆を何度か体験してきた息子にとって、それはとても安心できる環境に違いない。
スクールバスで通い始めて3日後くらいにたまたま座席が隣り合った15歳くらいの大きなお兄さんが、それ以来ずっと息子のことを気にかけてくれる。
座席をあけてくれたり、肩を組んでおしゃべりしたり、お小遣いをくれたりと、本当の兄弟顔負けだ。
他人との親交は、息子はもちろんのこと、お兄さんにとってもうれしいのだ。

チベット人のこの『世話好き』という特質を、『好奇心旺盛』と『生き生きとやる気満々』と共に私は特に賞賛したい。
これはどこからくるのか、両親の世話好きが代々伝わり、それに仏教の慈悲の精神が加算されてのことなのか。
しかしそもそも両親の世話好きはどう始まったのか。
ここを是非とも解明したい。

私が留学手続きに行った時も、事務所への道が複雑でわからないと告げるやいなや、
「私が手伝う!」
「僕が一緒に行ってあげるよ!」
と子供達が集まってくる。
一度など、外で英語の授業をやっている所に、恐縮しながらある教室の場所を尋ねると、いきなりぴょこんと鉛筆を持ったまま小さな小さな女の子が立ち上がった。
先生が、
「じゃあ、あなたが案内してあげて。」
というと意気揚々と道案内をしてくれた。

ネパール留学の時もそうだった。
現地で買った私のサンダルが壊れると、いろいろな人が集まってきた。
「あそこに、靴修理屋さんがあるよ。」
「これは、ここでくっつけられるよ。」
「どうしたの?どうしたの?」
「おばちゃん、あたしのを貸して上げる。」
と大騒ぎ。

この時、世話好きな人がたくさんいると、疎外感が消えていくことを体験させてもらった。

例えば、チベット人の中には、思いっきり口数の少ない人がいる。
私の親戚もその一人で、私が遠い外国からやってきたというので、歓迎するために手みやげを持参して尋ねてきてくれたはいいが、滞在中3時間ほど、小声の「ん。」を2、3度くらいしか発しなかった。
あまりに静かなので、彼をそっちのけで他のメンバーで話が盛り上がることもあったが、その人の事は決して忘れ去られることはない。
お茶のおかわりや、お菓子を勧めることもちゃんとその人の分まで喜んでやってあげる。
日本にいる時、人の集まりなどで始終押し黙っていると居心地が悪い私は、この様子を見てうれしくなり、やってみたくなった。
ある時、親戚が集まった折、チャンス到来とばかり沈黙して存在感を消してみようと思った。

でもやはり、ちゃんと私は存在した。

他の人と同じようにおかわりの誘いが何度も何度も回ってくる。
私は心地よくて、皆が解散するまでずっとそうやっていた。
「少しはしゃべったらどうだ。」とか、
「あなたはどうしたいの?」などと責め立てられない。
またひとつ安心感が増した。


2008.04.24.Thu 12:49 | チベット人
不便の効用
これは全世界共通だろうが、不便さが人と人を結びつけることも知った。

不便だとどうなるか?
情報を入手するためには人に訊く必要が出てくる。
しかもそれは、めまぐるしく変化する最先端のものでなく、生きる知恵という情報。
だからお年寄りも活躍する。
「夏になったら、10分は水を沸かさないとお腹をこわすよ。」
「こういう荷物はこうやって縛ると担いでも落ちないんだ。」
そして、latest newsはおじさんたちが運んできてくれる。
「今日町に行ったら、タクシー代がずいぶん値上がりしてたなあ。」
「あの病院には今度新しく良い医者が来るそうだから、お前達が何かあったらそこに行くんだぞ。」

だから、若い人たちもそういう大人達の話を聞くために同じ場にいる。
そうしなければ、町に行く時お金が足りなくなるかもしれないし、荷物が途中で落ちてしまうかもしれないから。

困ったときも然り。
水漏れしてクラシア◯に携帯で電話して、料金を支払ってさようなら、ではなく、知り合いに頼って、器用な適任者を呼んでお願いする。
終われば、お茶が出てきて、水漏れ話に花が咲き、ついでに世間話がそれに続き、
「本当に助かったよ。今日はありがとう。また何かあったらお願いね。」
「いやいや、お互い様だよ。いつでも言ってくれ。」
頼んだ人は感謝の気持ち、頼まれた人は人の役に立てた満足感を持って別れる。

私は不便さがこんな風に人の心に影響するということが、不便な生活をして初めて実感できた。
助け助けられの心地よさを、世話好きチベット人の村人達によって教わった。

もちろんさらに気がつけば、物事がさっさと進まないので時間の余裕があるというのが不便な生活の土台をなしている。
実際こういう社会に身を置いてみると、暇な時間にはやることがないために、些細な変化に飢え、見つけたらそれをおもしろがろうとするし、人とゆっくり話をしたいと思っている自分に気づく。

好奇心旺盛と人好きの芽が出てくるのだ。

おまけに、サバイバル能力が必要だから、やる気も湧いてくる。
ある古武術の本の中で肉体の作用について、
『平坦な舗装道路を歩いていたのではやる気が萎え生命力が衰える。
でこぼこ道、石だらけの道、山道を歩いているだけでも、非常に効果的。』
というようなことが書かれていたのを思い出した。

ん〜、道も私を変えていたのか。

2008.04.24.Thu 12:50 | チベット人

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