様々に去来する思いを透かして
愛するチベット民謡を感じてくれたら。
エマレホー、Tibetan Indigenous Music!
なんて素晴らしい!
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2015.06.01.Mon | -
世界に誇れ
ここのものは立て付けが悪い事この上ない。
鍋など、数週間も使えばねじがゆるんできて取っ手がぐらつき、いつ火傷をするかわからない。
MADE IN JAPANの価値をいやという程思い知らされる。
以前息子と暇つぶしに、本来の目的を果たしていない製品リストを挙げよう!とやったことがある。

雨がもれる傘
閉まらないドア
虫の入る網戸
上がってこないヨーヨー
はがれるサンダル
汚す消しゴム
書くと破けるノート
書けない鉛筆
暑くなるクーラー
空かないパッケージ
空いてしまう密閉用ふた

実体験をもとにリストアップした私たちはいちいちうなずきながら次々に挙げていった。
友人へのお土産も、今やインドは何でもそろっているからと思ってさんざん色々と迷ったが、質が良ければここで売っている物でも喜ばれるに違いないと確信した瞬間。

日本の良さが灯台下暗しでよく見えない私だが、これはすぐに感じ取れた。
日本人の繊細さ、職人気質、精密さ、丁寧さ、創意工夫。
いつだったか評論家が言っていたけれど、これこそ世界の他に類を見ない特徴で世界に誇れるもの。
素晴らしいじゃないか!
物にも神経が行き届く。
使った時の状態にまで神経が行き届く。

ほんの小さなことで生活は一変する。
生活必需品は、最低限、主要目的をしっかりと果たすべきなのだよ、インド人!
傘から雨漏りがしたら、結局濡れて風をひいてしまう。
書けない鉛筆をぎゅうぎゅうと押し付けて、書くと破けるノートに書きながら勉強をしたら、集中できなくなる。
はがれたサンダルをはいたら歩けないのだっ!

度が過ぎた日本にいた時には辟易していたこのことが、今は裏からのぞいたことで評価できた。
やるじゃないか、日本人!


2008.04.24.Thu 13:03 | 日本人
PERAPERA・・・
それからもうひとつ、日本人の素晴らしさに気づいたのは日本のアニメーションを見た時のこと。
思い切り娯楽の少ないこの町で、さぞ退屈しているだろうと、日本食レストランの店主のNさんが息子のためにDVDを貸しくれた。
それは、ヨーロッパでも高い評価を受けたもので、英語バージョンも入っていたので、日本語でさんざん見た後英語の勉強になるからと息子に英語でかけさせた。
すると・・・
日本語版では台詞のない場面に、いやという程独り言やらうなり声やら状況を説明する台詞が入っている。
このギャップにびっくり。
息子は、英語はうるさいからもう見ないと日本語版に切り替えてしまった。
そうだったのか・・・。
『間』の文化とはこのことか。
沈黙に多くのことを語らせる感覚は今も死んではいなんだ。

息子の大好きな忍者漫画にも実に多くの長い沈黙が散りばめられていて、それが絶大なる効果を発揮している。
様々な言葉にできぬ登場人物の心情を、見る側が察することでストーリーが深まる。

ゆっくりと目線をあげる。
身じろぎもせぬ者の髪が風に揺れ続ける。
後ろ髪をひかれる思いで、ゆっくりと前に進む。

こんな時・・・私たち日本人に・・・言葉は・・・いらない。
じゃあインド人はどうかというと、相手の立場に立って心を読むというより、可能性のある事をばんばんと尋ねてみるという感じ。
チベット人は、自分の信念をどーんと提案するという感じかなあ。

思い返せばアメリカに滞在した時、相手の言葉の先がまったく読めないらしい事にひどく驚いたっけ。
町を歩いていて親切そうな二人連れに時間を訊こうとして声をかけた。
「あのー、今日時計を忘れちゃったんですけど・・・。」「へえ。」終わり。
「あの、あなた時計持ってます?」「ええ。」終わり。
「時間がわからなくて・・・。」「そう。」終わり。
「イマナンジデスカーッッッ?」「え?今?4時になるところよ。」

「・・・。」が何かを想像しないタチらしい。
彼らの意識は言葉でできていて、無意識との通路は意識的に開けない限りどうやら閉じているようだ。
この時は面食らったが、そのうち一々説明するようになった。
そうなると、今度は帰国して、述語を言おうとする前に銀行員が結論を先取りした時にどきっとした。
この人は読心術が使える! 
が、よく考えてみれば日本人はみな見事にこれをやってのける。

『間』も、その中にいろいろな思いを想像できるからこその産物。
風流だなあ。

と言いつつも、ともするとその細やかさがいたずらをするのだ。
ざあざあ降りか、カラカラのかんかん照りというヒマラヤの天気で生きてきたチベット人には、あまり陰湿さを感じない。
もろにストレートに向かってくる。
一方、日本人には微細な湿気が性格にも入り込むのか。
願わくば、それが陰険やそねみといったカビを生えさせるのでなく、静かに奥ゆかしさという美しい苔となるよう祈りたい。


2008.04.24.Thu 13:04 | 日本人
まだ思い出せるだろうか
ここに暮らしてみると、自分の土台に立ち戻るきっかけがそこかしこにころがっている。
おそらくご存知の方も多いだろうが、私ははじめて彼の詩集をふと手にして知った。

  私、私とは誰か?
  記憶はいつからあるのだろうか。
  お腹にいた僅か数ヶ月の間に、私は意識を持った。
  私は楽しみを持っていた。
  楽しみとは、私が世界を知ることだ。
  私が知っているこの心地よい暗闇を飛び出して、得られるはずの世界を持つ希望は、
  生まれる一ヶ月前に崩れた。     『はじめてのことば』日木流奈著 大和出版より抜粋

出産時の異常により脳障害となってしまった少年の、僅か6歳の時に表された言葉。
彼は口から言葉を発することも歩くこともできない。
しかしある日、文字ボードの文字を指すことによって思いを伝えることがかなうようになった。
ほとばしる思い。
彼は生まれる前からの記憶を、そして彼なりに感じている事を次々と喜びに満ちて表現していった。
皆、我々大人もかつては子供だった。
子供とは大切なことを見せてくれる驚異に満ちた存在。
今日はそんな彼の9歳の時に作った詩に耳を傾けてみよう。


  『私の話を聞いてください』

  私の話を聞いてください。
  私のことを気づいてください。
  私は九歳の男の子です。
  脳に障害を持った男の子です。
  私はまだ歩くことができません。
  私はまだしゃべることができません。
  もしも私があなたのそばに行ったなら、あたなは私と何をしますか?
  私の障害をしっかり見てください。
  私がどのように見えるか、しっかり見つめてください。
  私は脳に障害を持った子供です。
  ただそれだけです。
  健常と呼ばれる人との違いをしっかり見てください。
  それだけです。
  それ以上は必要ありません。
  何ができ、何ができないのか。
  それを知ってくれるだけで私は十分です。
  そして私もあなたを見るのです。
  あなたが何ができ、何ができないかを。
  それは決して評価ではなく、批判でもなく、哀れみでもなく、
  お互いに必要とすることだけを補い合うための儀式です。
  私たちは知り合うだけです。
  見つめ合うだけです。
  そして手をつなぐのです、心の手を。
  すべての人はそれだけで結びつけるのです。
  言葉が違っていても、国が違っていても、年が違っていても。  (以下省略)

                 『流奈詩集』日木流奈著 大和出版 より抜粋



two friends

2008.09.10.Wed 19:16 | 日本人
インドでウルスにジャパニーズ
私がチベット文化にすっかりぞっこんなように、日本文化が好きで好きでたまらないという外国人がいる。
確か日本にも和服でお茶をたしなむ西洋人女性とか、日本人より巧く空手や書ができる西洋人男性がいた。
黒人やブロンドのチベット仏教僧だっている。
私はそんな人々のひとりとして、初めは日本人が他民族の民謡など歌って何になるなどと思っていたが、
好きな気持ちはどうにもならないのだからいいんじゃないかと最近は思うようになった。

同じようなこういう仲間が私のもとに通うことになった。
だから彼女の日本文化に焦がれる気持ちがよくわかる。
Pちゃんという12歳のウルス(ロシアのこと)人の少女。
現在のパパがチベット人のタンカ絵師で、ママもウルス人タンカ絵師。
その血をひいてか彼女はジャパニーズアニメーションにすっかり夢中になってしまったらしい。
昨年から日本人のタンカ絵師の女性に日本語を習い、今年に入って私の知り合いに習い、その後継ぎとして私に依頼がきた。

ママが本当に教育熱心で、一生懸命下の町から私のもとに娘を送ってくる。
そして習字もできればお願いしたいなどとおっしゃる。
私は習字は学校で習ったくらいだが、まあいいやと数回教えてあげたものの、何しろ道具がないために、立ち消えになってしまったが、また自分を見つめるきっかけになった。
仕方なくPちゃんの台湾人の友人からもらった、小さな墨のかけらと2枚の半紙と細筆でトライ。
「本当はね、この墨はもっと大きいのよ。
そして、すずりという、石から作ったお皿のようなものの上でするの。
その時は、気が散っていたのを鎮める時間なのよ。
背筋を真っすぐさせて、半紙を体の中心に置いて、気持ちを集中させて一画一画をゆっくり書くの。」
と説明すると、ママがいたく感動する。
そうすると自分で
(あれ?なんか日本文化の講義みないな偉そうなこと言っちゃってる?)と思うが、
(だって、ほんとなんだもん。)なのである。
アーティストは完全に魅了されてしまっている。
「はあ〜、素敵だわ。
んん〜素晴らしい。
あなたは本当に素敵だわ。」
? 
照れながら、(素晴らしいのは私というよりその背景の日本文化なんだけどなあ)という違和感を感じてしまったが、よく考えてみれば私もきっと同じようなことをやっているに違いない。
チベットの文化と、ある一人のチベット人とを混同して、賞賛しちゃうのだ。
私はこんな風に、Pちゃんのママに何度も何度も言われて、そのことを痛感したし、また、確かに日本文化ってまんざらでもないやとも認識させられた。
小学校の習字の時間は「姿勢、姿勢。」ってうるさいなあと思っていたが、Pちゃんが変な格好でお絵描きみたいに筆で文字を書いているのを見ていると、私もうるさくなっていた。
(そうじゃなーい!)
と言う感じだ。
そして一画の線を継ぎ足したり、途中で筆を止めて息継ぎをしているのも気になってしまう。
一画に精神を集中させてゆっくりだが一息で書いて欲しい。

日本語のレッスンの日、よその家を訪問したときなどに使う『失礼します。』を説明していると、謙譲してこういう表現をするのだと説明しても、Pちゃんはとてもけげんそうな顔をして納得できない様子。
日本人にとっては、こういう謙譲って当たり前だし、美しいとされているんだけどなあ。
と、思う私はやはり日本文化と切り離すことはできないのだっ。
じゃ、今日はこれで『失礼します』。



yukata





2008.09.18.Thu 15:47 | 日本人
行き止まり
そう言えば、日本ではこんなことがあった。

息子がとても大好きで仲良しの子に20円だか30円のガムを買ってあげたら、その子が返金しに来た。

お母さんに注意されたらしい。

また、一緒に遊んでいた友達が玄関先に来て、入りたそうだったので、家の中で15分程遊ばせたら、夜お母さんからご丁寧にお礼の電話が入った。

2股の木にゴムをつけたパチンコを友達にもあげられるようにと私の父が作ってくれ、それを使って一緒に楽しく遊んだ友達にあげたら危ないから返して来いとお母さんに言われ返しに来た。

カードゲームのカードをお互いじっくり交渉して交換した数時間後、高いカードだから交渉は取り消せとお父さんに言われたと、その子が夜、交換キャンセルに来た。

チベット人の子供達は、あげたいと思ったらノートだって、お小遣いだって、ゲームだってあげちゃう。

息子は「これこそが、ひとつ格別の嬉しさを感じられるんだなあ」と、とても喜んでいる。

あげたりもらったり・・・あげる喜び、もらう喜び。

実はこの行為はものすごいことを子供達に教えてくれているのだ。




「悪いニュースなんですけど、お宅のお子さんがうちの子に石を投げたそうなんです。嘘を言うかもしれないからお宅の息子さんの言うことは疑った方がいいですよ。」と真剣におしかりの電話を受けいや〜な気持ちで息子の帰宅を待っていると、何度確認しても友達は投げたけれど息子は石を投げる真似をしただけだと言う。

その子の意地悪さにいろいろなことをして数人で対抗したらしい。

「誤解されるようなことをするでない。」と言いつつ、ならばその子は一体真実を語っているのだろうかとふと思った。

母親自身が『子供の言うことを信じるべからず』と言ったではないか。

それならばその子の言うこととて真偽の程はわからぬのではないか。

夜、再びその母親から電話が入った。

「もしもし、あの、息子さんは石を投げてないそうです。ごめんなさいね〜え。」

「・・・。」

日本はもう少し子供に任せたり、大きな流れを受け入れたりした方がいいかもしれない。

こういうことが続く社会は、息が詰まる。

「そうだ!こうしよう!」と思ういきいきとしたものがが行き止まりになっているような感覚がある。

子供の試行錯誤や冒険心を、心身の多少の危険を覚悟で見守りたい。

そしてお互いに見守るコミュニティーであって欲しい。

子供同士の毎日はどんな心模様なのか私たちに知る術はないのだ。

ひとつの出来事の範囲内で結論を出すのは単純すぎるし、傷つく程度も怒る程度も内気の程度も違う者同士の心の化学反応を完全に把握することなどできはしないのだ。




ここでは喧嘩や投石が叱られることはあるが、親が登場して相手の親を叱責するということはまずありえない。

ほとんどが当事者同士で片を付ける。

それがだめなら、仲間か年長の子供が登場、それがだめならその場に居合わせた大人が止めるのだ。

先日こんなことがあった。

バスで一緒の中学生のお兄さん同士が、バスを待っている時に殴り合いの喧嘩となった。

先生が発見して止めに入ったが、頭に血が上っているお兄さんは大きい上に腕力があって先生も歯が立たない。

結局片方が鼻血と涙を出したところあたりで、終結した。

血の気の多い中学生の男の子。

そこまでやりなさんなという感じだが、こんなことによって当人同士も、それを見ていた年下の子供達も、あそこまでやるとどうなるのかを目撃し、適当なところで折り合いをつけるか我慢をしようと自戒するのだろう。

彼らはこんな風に体当たりの喧嘩をするのだけれど、大方、イイモンの方が強いことがわかったと息子は言う。

「おかあさん、悪い方は、結局弱虫なんだよ本当は。」・・・確かに。

よほどの屈折したものから出る悲痛なパワーは破壊に突進するけれど、ここでは鼻血止まりかな。

燃え上がる誠の闘志はイイモンを勝利に導く。

そしてもっとスゴいことは、ここではイイモンが圧倒的多数派だということだ。







children on a hill







2008.11.12.Wed 14:27 | 日本人
チベットの風が
知りたい事が山とあり、考える事が山とあり、だから調べてしまう事が山となり、別途やらねばならぬ事が山とあり、やらなくてもよいのにやっちゃう事が山とあるために、思った通り、投稿に間があいてしまった。
そこで、律儀な投稿量を維持することや、文章の完成度や整合性を放棄し、頻度を増すよう心がけたほうがよさそうだと反省。
これを楽しみにして下さっている方々、イベントやパーティーでお会いしたり、コンサートにいらして感想を伝えて下さった方々のお顔が目に浮かぶから。
喝を入れていきます。



最近、「チベットの風」という言葉を耳にするが、どうやら日本の自然の豊かさ、つまりはそれに育まれて形成された我々の感覚や思考の独自性(この部分は私の意見)は、チベットという高い高い高原があったればこそらしいっ。

NHKのBSで知ったことだが、なんだか不思議な縁を感じてしまうなあ。
今から3500万年前にヒマラヤが隆起し始め、チベット高原ができ、地球の偏西風がそこに衝突して曲がったためにインドからの湿った空気などが大量に運ばれ、日本に「梅雨」が生まれることとなったのだそうだ。
この緯度には、ゴビ砂漠やサハラ砂漠、タクラマカン砂漠等、乾燥した土地が多いにもかかわらず、日本だけが雨に恵まれているのは、そのせいらしい。
結果、砂漠どころか世界でも有数の豊かな森にあふれる国土になったのだとか。

ありがとう、チベットの大地。
そしてインドの湿気!


・・・と、きれいに終わったところに、もう一言。
ってことは、我々はインドの水を飲んでる?
ガンジスを?
ん〜、ほんとonenessですなあ。
私の血の中にはガンジスが流れている!?
私の肺の中には中国人の吐息が入っている!?
made in どこ〜?
分けられませぬ、物理的にも。
We are all brothers and sisters !
We are family !
おあとがよろしいようで。


2010.10.31.Sun 10:59 | 日本人

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