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様々に去来する思いを透かして
愛するチベット民謡を感じてくれたら。
エマレホー、Tibetan Indigenous Music!
なんて素晴らしい!
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2015.06.01.Mon | -
父上母上の底力
インドのテレビ番組でうなってしまった。
親を非常に敬うのだ。
チベット人たちもすごく子供に愛され、一目置かれている親が多いのに驚く。
その価値があるというところに、盲目的に年上だから何でもかんでも尊敬しろというのとは違う世界がある。
ふと我が身を振り返り、母国の年長者達を思い出してみれば・・・いかがなものだろう。
勝者を目指す事を第一目標にさせたり、他人の目にどう映るかを最重要基準にしたり、物質を最も多く持つ者
を最も評価したり、心を柔軟にして歩むべき方向を定めようとする努力を完全に放棄していたり。
文明のパラダイスは、そういう穴に落ちてしまう設定が山とあるのだから、朦朧としてはいられない。
やはり、敬われているお父さん、お母さんは偉大だ!
セクハラじゃありませんが、お母さんは女性らしさを生かして、日常のこまごまとしたことから、受容という大きな母の愛を感じられるような振る舞いを毎日している。
早朝から一番に起きて、一心に家事をやるだけでも、素晴らしい!
「自分でやりなさい。」より、お母さんがせっせと世話好き全開(ここ赤線)で身の回りの世話をしてあげていると、自然と子供が真似をしてくる(子が多い)。
私など、「もうー、お母さんに手間をかけさせないでよ。自分でやって!」などとのたまう始末。
お父さんは、外に出て狩りをすることと、何と言っても筋肉勝負を忘れずにお願いしたいものだ。
その子やお母さんのために実物の汗をかくのを目撃することは、母子ともに最高の喜びなのです。
そしてそんなお父さんさえもが頭をさげる仏陀様。
そう、強欲の人生でなく、慈悲の人生に両親が身を捧げていることは子供にとってとてつもなく大きなこと。
たとえ両親共がろくでもなかったとしても、行くべき道がわかっている。



インドのファミリー映画やテレビ番組では、生活、子育て、あらゆる面に哲学的な面が顔を出さずにはいない。
私が見た人気映画では、家訓が登場したが、そのひとつに『年長者が年少者の過ちを許す』というのがあった。
余裕の寛容さってことだ。
厳格こそが立派であるように生きてきた日本人とはちょっと違う。
とにかく、この映画はヒンディー語で、英語の字幕がパッパカパッパカ表示されるので、他の家訓が正確に拾えなかったのが残念。
このストーリーは複雑な親族関係から父の望まぬ結婚をした長男が勘当されてしまうのだが、次男が耐えきれずに尊敬する偉大な父に勇気を奮って苦言を呈するというもの。
「親族間の複雑な事情があるとはいえ、父を愛し尊敬している息子が愛する女性と結婚したということに何の罪があるのか?」
「一体勘当とは何のための罰なのか?」
「我が家の家訓は『年長者が年少者の過ちを許す』はずだ。」
「お父さんだって本心はお兄さんを愛してるはずだ。」



過去のさまざまないきさつからすんなりとは長男の結婚を受け入れられなかった父が、一晩をかけてこの言葉に深く反省し、何年にも亘るわだかまりを潔く解消し、結局仲直りするという話だが、威厳のある父親の様子といい、両親に対する息子達の振る舞いといい、まるで賢者と弟子なのだ。
最後に父はプライドを捨て息子達を抱きしめて静かに言う。
「父を許しておくれ。」
これまたプライドを捨てたところが賢者らしいんだなあ。
謙虚さというか正直さというか、誠実さの追求というか。
そりゃ、映画だからインド人にとってのあくまで理想のファミリー像なんだろうけれど、侍を父に持つ頃の日本の理想の家庭という雰囲気が現在もそのままあるんだなあと感心した。
家族全員から精神性が覆い隠されていない。



法王様も以前こんなことをおっしゃった。
「インドは、その辺りの物乞いをしている人の中にも深い哲学を語る人がいます。」
インドの底力か。





indian monm

2008.12.13.Sat 14:42 | インド
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2015.06.01.Mon | -

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