CALENDAR
S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31      
<< December 2017 >>
NEW ENTRY
PROFILE
CATEGORY
ARCHIVES
LINK
様々に去来する思いを透かして
愛するチベット民謡を感じてくれたら。
エマレホー、Tibetan Indigenous Music!
なんて素晴らしい!
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています


2015.06.01.Mon | -
いばらの先に薔薇は咲くのか
亡命生活というものを日常レベルで知ると政治情勢とはまた違う次元でわかるものがある。
結局は人々の生活がどうであるかということを抜きにすることはできないのだと本当は私たち皆が知っている。



物価が急騰してパンにバターをぬれなくなったら?みじめになってくる。
役人に書類をつきかえされたら?やけっぱちになる。
土地を買う権利がなかったら?夢が持てなくなる。
子供の学費を家計で賄えなかったら?絶望したくなる。
重病でも入院費が払えなかったら?借金をするか、そこまでで命をあきらめるか。



年金も健康保険もない。
年老いたら、頼るのは子供。
けれど自然に囲まれた暮らしではない彼らは日本同様少子化だ。
入院すれば治療費は安価だが部屋代がホテル並み。
私の知り合いは、そのための借金返済に困り果て、海外移住に踏み切った。
だが、だが、海外に出て行くに、そう簡単にVISAがおりない。
強力な招聘状がなければ、大枚をはたいてちょっとアブナい裏街道の方に頼るしかない。
かといって外国に着いたら着いたで、仕事があるわけでもなく、いざVISAが切れて不法滞在になる前になんとか亡命身分証明を取ろうとしても、書類に僅かでも不備があれば却下され、チベット人の亡命に非常に協力的な国に出て行くか、インドに戻って来るしかない。
借金返済のために渡航したはずが、そこに渡航費用と裏ルートビザ発給手数料の巨額の借金返済が重なる。
仮に不法滞在がばれて強制送還になってしまったら、もう正式には数年間は海外には出て行けない。
行くとしたら偽パスポートを作るか、数年間待って再度トライするしかない。
そして、また大枚はたいてヤバいツテ・・・からやり直しだ。



IC更新の手続きは、ささいなことで後回しにされたりクレームをつけられたりと、間借りの立場の民族としての扱いを受ける屈辱を味わわねばならない。
亡命ができた!IC更新ができた!と喜んでいても、ふと我に帰れば・・・仕事がない!
ということは、若者のやる気が起きない。
結婚や出産に対しても、肩の荷が重いという印象が常につきまとう。
そして、いざ結婚して子供が生まれたとしても、学費が払えない。
仮に、学費を捻出して卒業させたとして、必ずしも仕事にありつけるわけではない。
さあ、またこのサイクルにはまってしまう。
そこから抜け出すには多くの場合、やはり外国に出て行くか、長期に援助してくれるスポンサーを持つしかない。
間借りをしている身であるために、第一次産業に携われない彼らとしては、教育が要だ。
しかし、まだまだ近代的な思考に慣れていない彼らは、時に私の目から見たら気が遠くなるような段階にいる。
秩序だった教育などというものは、彼らのナマの生き様には歯が立たないものだったから、かつてはあまり必要だとは思わないで済んだのだ。
ヤクの乳を沢山出すためには、英語がぺらぺらしゃべれようがしゃべれまいが関係ない。
愛情と毎日の努力と体力と、歌でもうまければなお良い、というようなことだ。
字の読み書きよりも、天気が読めるか、オオカミに立ち向かう勇気があるか、馬を巧みに御すことができるかの方が重要だし、かけ算ができたとしても、テントの組み立て方や鞍の付け方や毛皮の剥ぎ方を知らないんじゃあやっていけない、という世界だったのだ。



今回、ある程度の期間ここに滞在して様々な亡命者達と知り合いになったが、親しくなって身の上話になると誰もかれもを助けたくなるような状況だ。
その中に、とてもひかえめなひとりの土産売りのおばさんがいる。
彼女は目立たないので、半年くらいは会話をすることもなかったが、ある朝いつものように6時半に家を出て息子をバス停まで見送りに行った帰り道、土産店の立ち並ぶ中で一番にひとり店開きの作業をしているところに出くわした。                                     つづく





wall painting


2008.12.15.Mon 14:35 | チベット人
スポンサーサイト

2015.06.01.Mon | -

(C) 2017 ブログ JUGEM Some Rights Reserved.