CALENDAR
S M T W T F S
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< August 2017 >>
NEW ENTRY
PROFILE
CATEGORY
ARCHIVES
LINK
様々に去来する思いを透かして
愛するチベット民謡を感じてくれたら。
エマレホー、Tibetan Indigenous Music!
なんて素晴らしい!
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています


2015.06.01.Mon | -
曙の白き月
さあ、今日は約一年の滞在を終えて、この町を去る日。



これまで、ほとんどはチベット人達の良い面を書いてきたように思う。
それは私にとり、そちらの方が強く影響力を持ったからだ。
もちろん彼らの短所のように見えるもの(必ずしもそうとは言えないが)にも沢山出会った。
頑固、いい加減、血の気多すぎ、口悪い、視野狭い、おちょくり好き、調子いい、粗野・・・・
でも、それが何だ。
非常に近しい間柄を築くなら、その時は長い年月をかけて誠実にその人物と私との調整を計るまでのこと。
例えば一つの椅子があって、傷がついていたり、しみがあったり、少し角がかけていたり、きしむ音がするとしても、座り心地がよければそこにゆったりと身をあずけて何度でも座るだろう。
たとえ、寸分違わぬ精密な設計をされ、新品同様の椅子であっても座り心地が悪ければなかなか座る気が起きない。



私は今のところ(と一応言っておくが)彼らの中にいると居心地がいい。
そして自分の中に宝を眠らせたままにしていることを、彼らは自らの宝を分けてくれることでわからせてくれる。



例えば私は昔から人を喜ばせるのが好きな質なのだが、それが空回りしていない。
そら寂しい長年のくすぶりが何やら報われた気がする。
今までは心を許して人と親しくなりたいのだけれど空気が抜けてしまうような感じだった。
壁のような、こちら方向に開きにくいドアのようなものの存在があったというのか。
それが今やいろいろなところで往復できる。
というか、入り口は開けっ放しだ。
しかもここではさらっと、けれどもぐっと親しくなれるという良い感じでお近づきになれる。
兄弟や親戚みたいというのが当たっているだろうか。



さて、いままでの投稿がつじつまの合わぬことになっているかもしれないことは否定しない。
ある日のブログとブログが、あるいは、あの頃の私と今の私の言う事が。
変化するということだけが変化しないのだから仕方のないことなのですっ。
皆さんも、ご自分の体と脳みそを使って考えてみて下さい。
それからここを去る前に、我が息子に感謝の意を表したい。
彼の報告がなければ、このブログは書けなかったし、チベット人の理解も深まることはなかっただろう。
私のしつこい質問にもいやな顔ひとつせず、いろいろなことを答えてくれた。
ありがとう。



昨日は、チベット人を真似して息子と二人お寺詣でをした。
マニ車を回しながら仏の周りを右回りに3週し終わると、そこには曙の白い満月を背景にチベット人達が一心に五体投地をしている絵のような光景が待っていた。
自然と祈り。
雑踏に紛れ、予定に振り回され、いろいろな種類の請求書を手にして時計を気にしている私は、なんと遠いところに来てしまったのだろう。
人々と混じり合うことをいつから止めてしまったのだろう。
自分の中にある『時』に従って心ゆくまで笑うことをいつから忘れてしまったのだろう。
いつからegoで止むことのない分析を続けるようになったのだろう。



この町で私はほんの少し、そんな自分を外から眺めるようになっていた。
外から来るものを、そのまま素直に受け止める子供達に助けられ。
親切という小さなことがとてつもなく大きなものであることを人々にに手渡されながら。





Nomad woman



また、日本でお会いしましょう。
このブログ?思い出したように書くかもしれません。

2008.12.15.Mon 14:55 | チベット人
スポンサーサイト

2015.06.01.Mon | -

(C) 2017 ブログ JUGEM Some Rights Reserved.