CALENDAR
S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31      
<< December 2017 >>
NEW ENTRY
PROFILE
CATEGORY
ARCHIVES
LINK
様々に去来する思いを透かして
愛するチベット民謡を感じてくれたら。
エマレホー、Tibetan Indigenous Music!
なんて素晴らしい!
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています


2015.06.01.Mon | -
のどが荒れても法王猊下
ここにいると、法王様とはチベット人にとってどんなお方なのかを感じ取る事ができる。
日本で、「ああ、ダライ・ラマじゃん。」などと耳にすることがあるが、ここでは王様でもあるし、聖者でもあるし、大統領でもあるし、観音様の化身でもある『法王猊下』であらせられる。
だから、何千人と集まるチベット舞台芸術団(TIPA)のオペラの最中だろうが、運動会の最中だろうが、法王様がお出ましになる時もご退出なさる時も、完全に全て中断だ。
アーティストも観客も競技出場者も、皆起立して、多くの人は手を合わせてお迎え、お見送りをする。
会場だけでなく、通り過ぎる道でもだ。

去年私はそれで風邪をひいた。
4時間待ちの、謁見一瞬。
皆、手には花、お線香、お布施、カタを持って、ひたすら法王様が通られるのをずらりと100メートル以上ひしめいて待っている。
道のポイ捨てゴミは掃除され、香が焚かれ、両脇には石が並べられたり、道路に法絵が描かれたりもする。
こんなに待っているのだから、ゆっくりと歩かれていろいろな捧げ物を受け取られ、運が良ければ祝福を与えてくださるに違いないと勝手に解釈し、私もお花を握りしめて待って、待って、待ったが、とうとう車でシュンと行かれてしまわれた。
呆然とした私は気がつけば4時間乾燥した排気ガスだらけの空気を吸い続け、のどがいがいがしていたという訳だ。

ところが、それがだんだんと気持ちよくなってくる。
そして気がつけば法王様がこの町に住んでいらっしゃるだけでもとても安心感を感じている。
もちろん法王様のおっしゃっていること、行動が素晴らしいということが前提だが、頭を下げることのできる王様というか聖者的存在がいるということによって、自分に、ある焦点ができる感覚が生まれる。
心の深層にある元型が外界に体現されている快感ということか。

この感覚は長い年月、チベット人達を力強く支えてきたはずだと思えてならない。
『へつらうことが悪いのではない、へつらう価値のある人を見つけなさい。』
という言葉をどこかで読んだことがあるが、へつらう気持ちよさを法王様によって味わう事ができる。
この方なら、へつらっても私を蔑むこともなく、むしろ大切に思ってくださるとわかるのだ。
それこそが真の王者だ。
だから、もっと頭を垂れたくなる。

自我は自己に道を譲るべきなのだとしたら、シンプルなこのような体験はなかなかいいものではないだろうか。

日本ではなかなかこの体験はできないから息子にも実感して欲しい。
もっとも最近では私が法王様の写真を指差すと、丁寧に手のひらで示すようにとしかられるが。

ところでデモの成り行きだが、昨日はやはり例の写真の影響で、重傷者と死者に扮した真っ赤に塗られた男性を肩に担いだり、布で運んだりするデモが行われた。
今日は死体写真の上部に、生きていた頃の写真が対になったものが張り出された。
いかにも慈悲深く、聡明そうな若いお坊様のかすかに微笑んだ写真と血に染まった遺体の写真との対比は、悲惨さを強調させ、また現実を突きつけてくる。
西洋人達も、チベットTシャツを着たり、国旗を手にしたりして支持を表明する人が増えてきた。

2008.03.29.Sat 19:52 | チベット人
スポンサーサイト

2015.06.01.Mon | -

(C) 2017 ブログ JUGEM Some Rights Reserved.