様々に去来する思いを透かして
愛するチベット民謡を感じてくれたら。
エマレホー、Tibetan Indigenous Music!
なんて素晴らしい!
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2015.06.01.Mon | -
崖っぷちのマンドリン
マンドリンを買ってしまった!

何の因果か、私の父は、かつて申年の仲間達と趣味で『スリーモンキーズ』なるマンドリンバンドを結成していた。

自分がマンドリンを弾くなどと考えたこともなかったが、気がついたら楽器屋にいた。

先週から、先日のミスチベットの際に出演したミュージシャンの青年ジクメ君が私の先生となった。

1年前にチベットから亡命。

現在未だ仕事はなく、亡命者用のチャリティーアパートに暮らしながら英語とダムニェンの勉強中。

ウィーン少年合唱団の団員のような風貌のソフトタッチのアムドパ(アムド地方の人)だ。

ミスチベットの楽屋で出演前に練習しているのを耳にした時、私の触覚が彼の歌声を感知!

亡命間もないからか、彼の声やこぶしには素朴な響きが感じられてすっかり魅了されてしまった。

今までもアムドの歌はCDなどでは聞いていたし、実際自分で演奏してもいたが、チベットの臭いがするのは初めてだという気がした。

そうしたら、じっとしてなんかいられない。

やってみた〜い!!!

うつして〜!!!

で、善は急げ。

早速、教授を請うた次第。

来月は帰国だというのに今頃新たな分野に足を踏み入れようと言うのかっ。

いつもの癖?...か。




マンドリンは確かに4〜50年程前に国外からチベットに入ってきた楽器だが、アムドの軽快な曲調に実にマッチしている。

楽しく、ちょっと華やかなその音色が、土臭く骨太の音色を持つダムニェンで演奏した時と随分と趣が異なる。

そこに、東北弁に似た訛りプラス、アムド独特のへらへらした(「へへへへへ」かなあ?)こぶしを乗せると何とも言えず心が浮き立つ。

初日は、ツクラカンの門前で待ち合わせ、彼に連れられコルラの道の途中から少し下りた崖のくぼみに腰をおろしてレッスンが始まった。

下界が見渡せるこの崖でアムドの歌を一緒に歌っていると、なんだかインドであることを忘れてしまいそうだ。

先生である彼がマンドリンを弾きながら遠くを見つめているその視線の先をたどると、鳶が気持ち良さそうに広い青空を舞っている。



雪山

木々

太陽の光



ジクメ先生は、静かに私をリードしてくれる。

無言で私の背中を支えてくれているような感触のレッスンだ。

何度でも繰り返し、何度ころんでも待っていてくれ、そこから一緒に歩いてくれる。

ただし、意識的な質問の答えは期待してはいけない。

彼は何気なく演奏しているのであって、それを言葉にしたことなどない。

だから説明となると「何気なく」の内容や味が反映された回答は返ってこないのだ。

ひたすらじっと目と耳を凝らし、捕まえるしかない。

「マンドリンのチューニングは?」と問うても、ドレミを知らない。

チベット人の名高いミュージシャンの名前も知らない。

今時の音楽も知らない。




私はただそのままに、素直に崖に座って、風に吹かれるように彼の音楽の感触を感じながら少しずつ私を通して向こうの空に放ってみる。

ただチベット民謡を愛する自分のまま。

ただアムドの音に共振した心地良い気持ちの自分のまま。







jigme





2008.11.12.Wed 14:31 | チベット音楽文化
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2015.06.01.Mon | -

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