様々に去来する思いを透かして
愛するチベット民謡を感じてくれたら。
エマレホー、Tibetan Indigenous Music!
なんて素晴らしい!
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2015.06.01.Mon | -
プカリプカリと流されてまた一曲
歌っているとふと自分自身に動機を問われる時がある。
自分は何のために歌っているのかとか、私の歌は何をしたいのかと問えば、そこにひとつの動機が立ち現れる。
全く趣味の異なる人、違うテーマを生きている人にそっぽをむかれたり、逆にいたく感動されたりするような他人の『評価』のために歌うわけにはいかない。
それではただ気に入られるようにメロディーをきれいに歌ってみせているだけだ。
それにいくら努力したところで全員を喜ばせることは不可能というもの。
そうなれば当然自分自身の納得のできる歌とは何かという問題になる。
納得できていない歌を歌うのは腑に落ちない説教を言葉だけでしているのに似ていて、終わったらさっさと舞台を去りたいような気分になってしまう。
ショーをしても後味が悪い。
自らがしっかりと納得できれば自己チューの音楽ではなく、そこで他者が喜ぶ歌と通底するはずだ。
別に自己チューソングでも構わないんだけれど。
せっかくショーの会場まで足を運んで下さった聴衆の皆さんのために、といろいろ考えるのは、あくまでも皆さんを尊重したいという、人との関係の問題であって、歌そのものと私との関係とはちょっと違う。
そして、限られた時間内にいかにチベット音楽の素晴らしさ、心地よさ、歌い手の私自身の気持ちよさを伝えられるかという側面も、曲のアレンジやショーの構成などに関わってくるが、これもまた然り。
つまり音楽活動と歌そのものとの違いというのかなあ。



チベット音楽には実に様々な種類がある。
私はただ知っている範囲内の好きなメロディーを練習してきたのだが、「あなたはチベット民謡を歌うのをあきらめた方がいい。」と言われた友人の歌手に、この地方のこの歌なら彼女なりの歌として歌えるはずだとアドヴァイスしたことから、じゃあ私自身はどうなんだとふと立ち止まったのだった。
好みや目的や声質や相性や意味や幸運etc.etc.から歌える歌は?
こうやって絞り込んでいくと、今までの漠然とただただ広大なチベット民謡の世界が半分ほどになり、具体的に手に掴もうという動きになってきた。
これとこれとこれを歌おう、この楽器とこの歌唱法は必ずものにしよう、と。
逆に今までしゃかりきになってやってきた曲が、これはおまけでやればいい、これは冗談で弾いてみようとながせるようになった。
全チベット民謡をやろうとするのは、『専業プロ歌手』ではなくて『歌う専業主婦』の私には混乱を招き、負担を増やし、絶望に近寄るだけだ。



仏教と歌の接点にグッルというものがある。
お経や聖者の詩にメロディーがついたものだ。
声明のようなもの。
ぞっこんなのだが、今回、生(ナマ)の先生につくことはかなわなかったが、どうもあきらめないでもよさそうだ。
7人のタンカ絵師と、なんだかこれでもかこれでもかというようなしつこい出会いをして気になっていたのだが、もしかしてこれは!と、ある日ひらめいてしまった。
そうえいば、リンポチェから「是非グッルを歌いなさい」と言われたこともあったなあとか、親しいチベット人アーティストもタンカを描くようになったんだっけとか、母も仏画を描いているんだったと思い出した。



外国に住む外国人の私は、チベット人以上に運にまかせて学ぶしかない。
いくら求めても先生を見つけることがかなわぬ時は、手放してやってくるものをやってくる時に受け入れよう。
するするとうまく行く方向に。



ひとつの縁がそれからそれへと運んでいった
縁ある方へ運んでおくれ            (トゥシェ『ONALAKS』より抜粋)



そうすると自分にも思いも及ばなかかった分野に分け入ることとなるが、それでよいに違いない。
これも仏様のお導き、と思えばもったいないくらいだ。






amlet

2008.12.15.Mon 14:41 | チベット音楽文化
レール、リエール、リイル
なんだかその後ろ姿がわびしくて、思わず声をかけ、アクセリーを並べる手伝いをしながら尋ねた。
「今日は朝早いのね。これ、ここに並べればいいの?
アマラはふるさとはどこなの?」
彼女には子供が7人いて、そのうちの何人かはチベットに残してきたらしい。
7人分の学費に生活費か・・・お土産のアクセサリーなんて、売れるのはたかが知れている。
その上、英語は一言たりとも知らないと言う。
one, twoもだ。
ええっ! 
じゃ、計算は?計算!
それは、ご主人が計算機を押せるのだと言う。
押せる・の・か。
教育がほとんどない彼らにとっては、当然と言えば当然だが、そんなんじゃ、どうやってアクセサリーを売るんだ?と動揺してしまった。
地元の人になんて、そう売れるわけはないし、売ったとしても地元の値段だ。
外国人観光客に売れない土産店なんてどうするんだ!
焦った私は、土産店より、縫い子の仕事でもやった方がいいのではと提案してみると、
「私は、遊牧民だから・・・。
乳を搾ったりバターを作ったり、家畜の世話しかやったことがなくて。
縫い物も知らないの。」
と静かに微笑む。
何も疑わない、ゆったりとしたのどかな遊牧の生活が一変。
にっちもさっちもいかない彼女の今の生活を思ったら、ンック、涙があふれてくるじゃないか・・・ッツ。
けれどもつつましく、美しい笑顔を見せてくれる彼女。
強欲な私自身が本当に恥ずかしい・・・神様ごめんなさい。
「後で買いにくるからね。」と、一端帰宅後、ちょっとした手土産を持ち彼女の店でいくつか仕入れをした。
すると彼女は、
「恩深いことです。」
と独り言のように小さな声でつぶやくと、随分と安く売ってくれたのに、お礼にと、ブレスレットをひとつくれた。
頼むから、少しずつでも英語を習ってねと伝えた数日後、チベット語が読める隣のお店の人に、土産店で使う最小限の英語を、チベット語とセットにしてA4の紙に書いて渡した。



1,2,3……10,11,12,13…20,30…100,1000
チベット産
動物の骨
真珠、珊瑚、ターコイズ、水晶
本物の宝石
偽物ではありません
いくつ欲しいのですか?
安いです
ありがとうetc…



一度、発音の訓練のために立ち寄ったが、これは強者だ・・・と立ち尽くしてしまった。
彼らにとって最も大事なキーワード、『REAL』を教えようとしたのだが大騒ぎ。
土産店のおばさんおじさん達の誰一人として、西洋人に聞き取れるであろう発音ができる人はいなかった。
「ねえねえ、100ってなんて言うの?」
「100?(やめといた方がいいと思うんだけど。)one hundred.」
「ワンガンデ???・・・。ははは・・・は。」
「・・・。」
これがチベット人亡命ってことだ。







2008.12.15.Mon 14:37 | チベット人
いばらの先に薔薇は咲くのか
亡命生活というものを日常レベルで知ると政治情勢とはまた違う次元でわかるものがある。
結局は人々の生活がどうであるかということを抜きにすることはできないのだと本当は私たち皆が知っている。



物価が急騰してパンにバターをぬれなくなったら?みじめになってくる。
役人に書類をつきかえされたら?やけっぱちになる。
土地を買う権利がなかったら?夢が持てなくなる。
子供の学費を家計で賄えなかったら?絶望したくなる。
重病でも入院費が払えなかったら?借金をするか、そこまでで命をあきらめるか。



年金も健康保険もない。
年老いたら、頼るのは子供。
けれど自然に囲まれた暮らしではない彼らは日本同様少子化だ。
入院すれば治療費は安価だが部屋代がホテル並み。
私の知り合いは、そのための借金返済に困り果て、海外移住に踏み切った。
だが、だが、海外に出て行くに、そう簡単にVISAがおりない。
強力な招聘状がなければ、大枚をはたいてちょっとアブナい裏街道の方に頼るしかない。
かといって外国に着いたら着いたで、仕事があるわけでもなく、いざVISAが切れて不法滞在になる前になんとか亡命身分証明を取ろうとしても、書類に僅かでも不備があれば却下され、チベット人の亡命に非常に協力的な国に出て行くか、インドに戻って来るしかない。
借金返済のために渡航したはずが、そこに渡航費用と裏ルートビザ発給手数料の巨額の借金返済が重なる。
仮に不法滞在がばれて強制送還になってしまったら、もう正式には数年間は海外には出て行けない。
行くとしたら偽パスポートを作るか、数年間待って再度トライするしかない。
そして、また大枚はたいてヤバいツテ・・・からやり直しだ。



IC更新の手続きは、ささいなことで後回しにされたりクレームをつけられたりと、間借りの立場の民族としての扱いを受ける屈辱を味わわねばならない。
亡命ができた!IC更新ができた!と喜んでいても、ふと我に帰れば・・・仕事がない!
ということは、若者のやる気が起きない。
結婚や出産に対しても、肩の荷が重いという印象が常につきまとう。
そして、いざ結婚して子供が生まれたとしても、学費が払えない。
仮に、学費を捻出して卒業させたとして、必ずしも仕事にありつけるわけではない。
さあ、またこのサイクルにはまってしまう。
そこから抜け出すには多くの場合、やはり外国に出て行くか、長期に援助してくれるスポンサーを持つしかない。
間借りをしている身であるために、第一次産業に携われない彼らとしては、教育が要だ。
しかし、まだまだ近代的な思考に慣れていない彼らは、時に私の目から見たら気が遠くなるような段階にいる。
秩序だった教育などというものは、彼らのナマの生き様には歯が立たないものだったから、かつてはあまり必要だとは思わないで済んだのだ。
ヤクの乳を沢山出すためには、英語がぺらぺらしゃべれようがしゃべれまいが関係ない。
愛情と毎日の努力と体力と、歌でもうまければなお良い、というようなことだ。
字の読み書きよりも、天気が読めるか、オオカミに立ち向かう勇気があるか、馬を巧みに御すことができるかの方が重要だし、かけ算ができたとしても、テントの組み立て方や鞍の付け方や毛皮の剥ぎ方を知らないんじゃあやっていけない、という世界だったのだ。



今回、ある程度の期間ここに滞在して様々な亡命者達と知り合いになったが、親しくなって身の上話になると誰もかれもを助けたくなるような状況だ。
その中に、とてもひかえめなひとりの土産売りのおばさんがいる。
彼女は目立たないので、半年くらいは会話をすることもなかったが、ある朝いつものように6時半に家を出て息子をバス停まで見送りに行った帰り道、土産店の立ち並ぶ中で一番にひとり店開きの作業をしているところに出くわした。                                     つづく





wall painting


2008.12.15.Mon 14:35 | チベット人
大人ちゃん
ここの子供達は子供っぽいのだけれど大人っぽい。
何言ってるんだかわかりませんね。
無邪気で、シンプルな考え方で、好奇心旺盛でおもしろがりやのような子供らしさと、たとえ他人が年上であっても世話を申し出たり、指示したりと、威厳というのか自信というのか、そういうものが同居している。
先日も用事があってTCVに行った折、外で立って待っていると、幼稚園生が授業を終えて寮に帰るところに出くわした。
「エイ!どこ行くところ?」
とちいちゃなちいちゃな男の子に声をかけられたが、なんかこっちが年下みたいな気持ちになってしまった。
「あのー、ええと私の子供を待ってるの。」
お次ぎは女の子。
これまたおチビちゃん。
「ヤッ!誰?どこから来た人?
そう。あなた子供を待ってるの。へえ。
その子はいくつ?
座って待ってればいいじゃない。」
やはりなんだか年上の人に言われてるみたいだなあ。
太陽君と一緒にいるときも、TIPAの若いアーティストといる時も、私が面倒を見てもらっているような気になることがよくある。
何だこりゃ?



彼らがいさかいを起こすときも大人っぽさが漂っていてかっこいい。
そういえば、今朝見ちゃったんです。
例のクールな悟君の弟のブラウニー君が怒ったところを。
スクールバスを待っている時に、いつもタチの悪いいたずらをする少年がまた何かやらかしたらしく、ブラウニー君は彼のところまでゆっくりと歩いて行って、一言二言すごんだ。
「おい、ふざけんな。 ええ?ぶっとばされたいか、お前。」
ってな感じだったのかなあ。
読唇術を使えないのでわからないけれど。
いやあ、ほんとかっこいいんです。
いつも笑顔でジョークをとばしている心優しきブラウニー君とは思えない。
きりりとしていて堂々としていて、ちゃんと怒ってるんだな。
ひるまないし、逃げないし、こそこそしない。
見直したっ!
ブラウニー君は太極拳やミックスファイティングや空手で鍛えてるんだぞ、いたずら坊主。
なめんなよ、ええ?



標高以外の要因を探ってみるなら、心の芯になるものがあって行動しているからだろうか?
仏教的な心の支えと、家族や友人を信頼し、いつでもぺたぺたとスキンシップしている安心感という基盤がしっかりしていることがあるに違いない。
あとは体験的な自立も大きいだろう。
これについては以前私もこのブログに書いたが、ある日息子も体験的に気づいて私に報告してくれた。
不便な社会で生きていれば、なんでも自分で考えて決断して、自分の頭や体を使って工夫して、時に人間関係を頼ってなんとかやっていかなくてはならない。
だから自然と生きる力がつき、ただうじうじとべそをかいたり、へ理屈や愚痴を言ったり、わがままを言っているだけでは何も解決しないことを心底理解することになるんだと。



私の姪が作った言葉にこんなのがあった。
『大人ちゃん』
まさか私は『子供さん』じゃないだろうなあ。




bee baby


2008.12.13.Sat 14:47 | チベット人
父上母上の底力
インドのテレビ番組でうなってしまった。
親を非常に敬うのだ。
チベット人たちもすごく子供に愛され、一目置かれている親が多いのに驚く。
その価値があるというところに、盲目的に年上だから何でもかんでも尊敬しろというのとは違う世界がある。
ふと我が身を振り返り、母国の年長者達を思い出してみれば・・・いかがなものだろう。
勝者を目指す事を第一目標にさせたり、他人の目にどう映るかを最重要基準にしたり、物質を最も多く持つ者
を最も評価したり、心を柔軟にして歩むべき方向を定めようとする努力を完全に放棄していたり。
文明のパラダイスは、そういう穴に落ちてしまう設定が山とあるのだから、朦朧としてはいられない。
やはり、敬われているお父さん、お母さんは偉大だ!
セクハラじゃありませんが、お母さんは女性らしさを生かして、日常のこまごまとしたことから、受容という大きな母の愛を感じられるような振る舞いを毎日している。
早朝から一番に起きて、一心に家事をやるだけでも、素晴らしい!
「自分でやりなさい。」より、お母さんがせっせと世話好き全開(ここ赤線)で身の回りの世話をしてあげていると、自然と子供が真似をしてくる(子が多い)。
私など、「もうー、お母さんに手間をかけさせないでよ。自分でやって!」などとのたまう始末。
お父さんは、外に出て狩りをすることと、何と言っても筋肉勝負を忘れずにお願いしたいものだ。
その子やお母さんのために実物の汗をかくのを目撃することは、母子ともに最高の喜びなのです。
そしてそんなお父さんさえもが頭をさげる仏陀様。
そう、強欲の人生でなく、慈悲の人生に両親が身を捧げていることは子供にとってとてつもなく大きなこと。
たとえ両親共がろくでもなかったとしても、行くべき道がわかっている。



インドのファミリー映画やテレビ番組では、生活、子育て、あらゆる面に哲学的な面が顔を出さずにはいない。
私が見た人気映画では、家訓が登場したが、そのひとつに『年長者が年少者の過ちを許す』というのがあった。
余裕の寛容さってことだ。
厳格こそが立派であるように生きてきた日本人とはちょっと違う。
とにかく、この映画はヒンディー語で、英語の字幕がパッパカパッパカ表示されるので、他の家訓が正確に拾えなかったのが残念。
このストーリーは複雑な親族関係から父の望まぬ結婚をした長男が勘当されてしまうのだが、次男が耐えきれずに尊敬する偉大な父に勇気を奮って苦言を呈するというもの。
「親族間の複雑な事情があるとはいえ、父を愛し尊敬している息子が愛する女性と結婚したということに何の罪があるのか?」
「一体勘当とは何のための罰なのか?」
「我が家の家訓は『年長者が年少者の過ちを許す』はずだ。」
「お父さんだって本心はお兄さんを愛してるはずだ。」



過去のさまざまないきさつからすんなりとは長男の結婚を受け入れられなかった父が、一晩をかけてこの言葉に深く反省し、何年にも亘るわだかまりを潔く解消し、結局仲直りするという話だが、威厳のある父親の様子といい、両親に対する息子達の振る舞いといい、まるで賢者と弟子なのだ。
最後に父はプライドを捨て息子達を抱きしめて静かに言う。
「父を許しておくれ。」
これまたプライドを捨てたところが賢者らしいんだなあ。
謙虚さというか正直さというか、誠実さの追求というか。
そりゃ、映画だからインド人にとってのあくまで理想のファミリー像なんだろうけれど、侍を父に持つ頃の日本の理想の家庭という雰囲気が現在もそのままあるんだなあと感心した。
家族全員から精神性が覆い隠されていない。



法王様も以前こんなことをおっしゃった。
「インドは、その辺りの物乞いをしている人の中にも深い哲学を語る人がいます。」
インドの底力か。





indian monm

2008.12.13.Sat 14:42 | インド
寄付の気分?
まただ。
うっかりドアを開けると白いターバンに長いあごひげのシク教インド人が書類を持って立っている。
ここのところ寄付を集めるインド人が毎日のようにやってくる。
ここに来て最初の頃は寄付していたけれど、真偽の程がわからないし、私はインド人にまで手が回らない。
いい人ぶっても仕方ない。
一度詐欺にもあったし(これはいつかお話ししましょう。)、しきりにやって来るし、願い下げだ。
締めようとするドアに足を挟んでまで要求する強引なのが来ると「あんたは押し売りかっ?!」と言いたくなる。



チベットに関わっていると物理的支援ということにもいろいろな形で関わりをもつことになる。
私はたまたまチベット人と直に接する立場にいるので、縁ある人々の生活難をその都度援助するという形でサポートを続けているので、その上さらに支援を請け負える程の余裕がないが、その気持ちがある人と人をつなげることのお役に立てるなら労を惜しまないつもりだ。
あるいはチベットに関心がある人が何かを購入することで、無理なく支援をしていることになる機会が提供できればそれも悪くないと思う。
気に入った物を買うことで、その人も嬉しくなり、その利益をもらった人も嬉しくなる。
純粋な寄付をする気が起きなくたって別に悪いわけではない。



時に、支援活動の労力を仕事にあて、それで稼いだものを寄付しろという意見も聞く。
毎日街頭で大声を張り上げて箱を持って立っている人達を見ると私もそう思うことがある。
もちろん、多くの人々に広く薄く支援をしてもらうことは、個人の限界を超えた支援へと拡大し、またその問題を知ってもらうことにもつながり、絆が生まれることに意義があるからなのだろうが。
確かにこっそり私一人が支援をするのは美しいけれど、大きな問題である場合には限界がある。
だからそんなことが気がかりで仕方なくなったら、その時は支援活動に関わればいい。
事実、亡命チベット人達はそういう人達の努力の結果、様々な施設や教育等への支援を得て、何とかやってこられたのだから。
けれどもお知らせでなく、要求するという行為自体で、汗だくで迫っていくのはいかがなものか。
その人にはその人なりの歩いている道がある。
もしかしたら右翼活動に全身全霊をかけて社会のためと思って活動しているかもしれない。
あるいは社会の荒廃に危惧を抱いて幼稚園の先生という職業を選択して必死になっているかもしれない。
悲惨な家庭環境で満たされない心の渇望を癒すために物を買いまくらずにはいられないかもしれない。
はたまた、アフリカの飢餓や予防接種に、環境保護に、絶滅危惧種の救済に寄付しているかもしれない。
まだまだ交通遺児募金だの赤い羽募金だの移植手術募金だのと様々ある。
必ずしも何何に寄付をする義務はないのだ。
仮に寄付をするなら自分の気持ちが惹かれたものにすればいい。
寄付する程、気持ちや物理的に余裕のない人だっている。
従って、あまりにずうずうしく要求するものであってはならないだろう。
被害者や弱者などという存在は、本当の意味ではいないのだということがわかっていないとヒステリックで押し付けがましい支援活動になってしまう。
無関心だった人に、こういうことが世の中にありますよ、もし力になりたいのなら是非、という程度。



だから寄付は強要して無理矢理引き出すものなどではなく、寄付する側が自ら「助けたい。」と一歩前に出る行為なのだ。
そうすれば助けられる側が『下』ではなくなる。
対等だ。
ただ、助けが欲しい人と助けたい人同士が出会うということだ。
見返りというといやらしいが、そういうことをその人本人から、すぐに求めるとしたら、寄付はやめた方がいい。
その因果が返ってくるのは、誰からどういう形でいつ戻ってくるかなどわかりはしないのだから。
そりゃあ、感謝の気持ちが見えない時は、寂しい気持ちがするのは否定しないが、宇宙は広大で時は無限なのだ。
そして正直言って私は、そんなチベット人達から寄付以上の大切な何かを持ちきれない程もらっている。





red pecha


2008.12.13.Sat 14:38 | チベット人
この子神の子私の子
子育てに本当に迷っていた。
いろいろ模索した。
子供とはどんな存在なんだ?
どう対応したらいいだろう?
こんな時、どう注意すれば息子は腹の底から理解してくれるだろう?
食べ物は?内臓、心理、社会性の発達は?スピリチュアル的には?と、さんざん研究(?!)した。
私の納得癖が出てしまったのだ・・・納得するまではどうにも止まらない。
つぎつぎ疑問が沸き上がって、教育者や小児科医達の体験談やいくつかの思想や仏教や、はたまたヴェーダ哲学に至るまで納得できる答えを探す。
もちろん、自分自身と息子が体験当事者。
私たちが解答なのだが、にっちもさっちも行かなくなった時に助けが欲しい。
「ん〜これは表面的。」「これは偏ってる。」「これは凝り過ぎ。」etc, etc・・・
と、私の直感と体験に合致し、支柱となるものをひたすら探した。
ここ十数年、何に最もエネルギーを注いだかと言えば、それは歌でもなく演奏活動でもなく、子育てだ。



親子の悲劇を今まで何度ニュースで見せられた事だろう。
母をバットで・・・父をガスで・・・
我が家の近所でも、爆発音と共に両親を吹き飛ばし、亡きものにした中学生の事件が起きた。
私はその家族のそれぞれの生きてきた道のりをつぶさに知っている訳ではないから単純なことは言えない。
だが多くの事件の起きる今の日本を憂慮した時、解決の糸口を考えずにはいられない。
確かにどうにもならない領域というものは存在する。
ー個人を超えた領域、今生を超えた領域・・・
しかしなんとかなるものもあるはずだ。
私自身も実にさまざまな要素と取り組んでみた。
発達段階に応じた対応なり、ある程度の避けたいことや推奨できることというもの存在するのは事実だ。
だが、つまるところ礎になるのはやはり『”神聖な本性”を軸に生きること』かなあという気がする。
もちろん悪不在の浅薄な善は問題外だが、このことを『きれいごと』として捨て去ってしまっていいのだろうか?
おそらくは実際には、親と子の未熟さや歪みによって叱責や衝突はやむことがないだろう。
が、子供の清らかな部分から目をそらさず、そこに触れられることに喜びと感謝の念を抱くことができれば。
親というのは、子供が『究極の神聖なる目的』に向かって行けるような環境や枠組みを与えてやるという手助けを担っている人なんではないだろうか。
そして、ここに来て、当たり前のことだが改めて認識させられたこともある。
たまたま借りて読んだ脳科学者の養老氏の本の中にいい切り口で書かれていたのだが、理屈も通じない、純粋さと同時に残酷さも持ち合わせている子供という『自然』を、気が遠くなるような手間を惜しまずに非常に忍耐強く手入れすることが子育てだということ(都会からは自然は排除され少子化にもつながっているのだ)。
また、ここの子供のように生き生きと子供らしい子供に育てるために大切な事は?と、私がTCVの先生に質問した際に先生が強調された、家族という場で人の温かさを十分に感じさせてあげること。
子供のこまごまとした小さな小さな日常の出来事に、家族全員が心の底から関わることが世界を変えるほどの力を持っていることを、いやもしかしたら何よりも大切かもしれないということを私はチベット人から教わった。



子供が何を案ずる事もなく私たちの胸に飛び込んで歓喜できますように。
「おとうさん、おかあさん、とっっっても愛してるよ、愛してもらってすごく幸せだよ。」
と、シンプルにシンプルに思える子供でいられるように。



日本では、やれPTA会議だ、粗大ゴミの日だ、確定申告だ、やれ塾の迎えだ、お中元だお盆だお歳暮だと、この世の雑事にまみれながらも私は自らに問う。
日常のあり方の中では思いやりが最も重要だと、どんな時も心の底から思っているだろうか?
宇宙の流れに道を譲っているだろうか?
それを生きているだろうか?





fire





2008.12.13.Sat 14:34 | -
他者を黙らせ、明るく正義を主張する?
Come to learn Go to serve  『来たりて学べ、行きて仕えよ』
Others before Self      『他者をまず重んぜよ』



これはTCVが掲げる教育方針だけれど、練馬区の小学校のは何だっけ?



友達を大切にする子
正義を貫く子
明るい子



ん〜微妙に足りない。
何だ?
何が足りないんだ?
やはり、宗教性とか精神性への道が途中までしかないところあたりかなあ。



献身って実はすごいことだ。
ただの『親切』とか『仲良しになる』というよりもずっと大きな大きなこと。
心のことをある程度学んだ人なら知っている訳だが、とてつもなく重要な鍵を握っている行為なのだ。
宇宙と繋がれる行為。
現在に理由もなく影を落としている、積み重なった無限の前世からのネガティヴな傾向に終止符を打つ方法。
あらゆる自分のゆがみをほぐして行くための手段。
恐怖や不安を手放すことに導いてくれる行為。
などなど・・・とにかく真心からの献身なら何でもいいからやった方がいいのだ。
やっていれば、そのうち体験的になるほどと納得する時が訪れる。
チベット仏教を深く信仰している彼らは、このことを最重要視している・・・スバラシイ。



けれど、私の母国ではそれが抜けてる?
だとしたら大変だ。
大変だあー!



あげ足取りかもしれないけれど、友達だけじゃなくて両親や先生も大事にして欲しいなあ。
チベット社会では両親は『カティン チェンボ』、最も恩深い存在とされる。
不良っぽいポップス歌手だってロックンローラーだって「恩深い父母よ〜。」なんて歌うんだ。
その価値があるような両親が多いってことでもあるんだけれど。
正義って何かを間違えたら地獄だし、明るい子かあ、どうすれば明るくなれるかがわからないなあ。



日本に『夜回り先生』とおっしゃる、まさに献身的な先生がおられる。
おそらく読者の皆さんの中にも、彼の著作やテレビ番組をご覧になった方もおられるはず。
グレたり、家出したり、生きる気力をなくした青少年のために24時間態勢で手を差し伸べている先生だ。
「今から自殺する。」と電話をしてきた子供に先生はこう言うそうだ。
「そうか。わかった。
頼むから僕のために一日だけ待ってくれないか?
手首を切るのは明日の晩にしてくれよ。
そして明日の朝起きたら、どんなに小さなことでもいいから、誰かのために何かして欲しいんだ。」
すると不思議なことに自殺を思いとどまる子供が多いそうだ。
無価値だと思っていた自分が他者の役に立つ価値があったことに気づき、いつでも自分が得をしようとする行動基準だけに完全に入り込み、全く他者へ働きかけずに生きてきたことに気づくことで扉が開き、世界へつながる廊下を歩き出すことが可能になるということらしい。



そのことを実践しているチベット人は、だから強いのかも。





text book







2008.12.13.Sat 14:31 | チベット人
気功、rainbow body、盆栽
先日、友人から北京で見て来た西蔵民族晩餐演奏会(?チベット人のディナーショー)をビデオで見せてもらったが、ちっがーう!のだ。
明らかに中華風で、故意に肩をいからせて歩いたり、背筋や首筋を伸ばし過ぎていて、京劇が入っている。
チベット人の、あの体の重心移動とパッションで動く舞踊とは明らかに違う。
衣装もごわごわしたものを嫌い、薄手の透けた布で縫製してあるが、それもチベット人の嗜好とはずれている。
私は、目を覆いたくなったけれど『チベットオリジナル』というくくりで線引きすることもまた難しい。
しかもいまや重要な要素であるチベットという地が彼らの手から引きはがされつつある。
お年寄りが亡くなってしまった時点で、幕を閉じるものがあるだろう。



音楽文化人類学的なことは専門家の研究者様にお任せして、私は思った。
「こういう旋律が」とか、「この楽器が」とか、「この奏法が」というものもあるかもしれないが、文化のあらゆる要素を束ねる、その束ね方もオリジナリティーなのではないかと。
チベット音楽文化を研究しておられるT教授にかつてお話を伺ったところ、
「そうねえ、チベット音楽のオリジナリティーってあえて言えばシンプルにするとこかな。」
と答えてくださったことがある。
その真偽の程は私にはわからないが、そういう所、料理の仕方というか組み合わせ方というか、はたまた削り方というか、そういうソフトの部分が独自のものであれば、それもオリジナリティーと言えるだろう。



それから、自然環境と同様に重要な要素が因果(?)のような目に見えない、明解な説明の困難な基礎を見逃すこともできないんじゃないか。
それは、科学という枠には収まらないからおそらくはアカデミックな文化論に入るはずもないものだけれど、私はそれを見たいし、感じている。
その民族の歩いている道があるような気がしてならないのだ。
文化もその道と共にあるような気が。
何と言うのかなあ。
その民族の生き方と言うかサダメと言うのかなあ。
それが文化の土台に大きな影響力を持っていることは否定できないと思う。



何故、中国の舞踊は背筋や首筋をぴんと伸ばして踊るの?
何故、チベットの舞踊は意識的に筋肉を誘導するというよりは、体を揺らした勢いや遠心力を利用して踊るの?
何故、日本舞踊は、首を傾げて斜に構えた決めのポーズを何度もやるの?



それは例えば中華思想を持つ中国の生命観が気功や漢方薬で永遠の長寿を標榜している一方、空の思想を持つチベット人の目指すところが永遠の長寿ではなく究極の死というようなことにも関係しているはず。
我が母国は?と考えると、あれ?何だっけ、「土に還る」生命観、ですよね。
けれども死や生命を正面に据えてきた民族という感じはしない。
八百万の神はいちいちどう生きるだのどう死ぬだのとは考えないのかも。
当たり前に生まれて当たり前に死ぬだけなんだろう。
日本人にとっては、死生観より美意識の方にずっと重心がかかっている気がする。
命あるうちは、自然を堪能したいあまりに、「より美しく」「より自然らしく」手を加えるのも好き。
盆栽や、坪庭や、庭園や陶器やふすま絵などを見るとわかる。
外側を整えることによって内側も整うとする、『型』を重要視する日本文化も美意識から由来したものだろう。
現在でも日本人は姿勢だとか整列だとか、服装や持ち物などの統一だとかをうるさく言う民族だと痛感する。



いずれにしても、こういったそれぞれの民族文化の特質が、音楽文化にも現れることになる。
純粋なオリジナリティー云々は世界の人々がまだ混在していない時代まで遡って議論する必要があるのかも。
けれども、とにかく何千年と続いて来た自然環境が育んできた特性や文化が消えていくのは非常に口惜しい。
今まで通りの振る舞いや生活を禁止され、土台となるふるさとの地を追われた彼らには、もうチベット音楽文化が崩壊するのをただ手をこまねいて見つめているしかないのか。





lhamo make-up






2008.12.13.Sat 14:28 | チベット音楽文化
このダンス誰の?
文化って何ですか?
チベット伝統音楽が破壊される。
純粋なチベットの音楽が消えかけている。
なんて自分でも言っているけれど、文化ってはっきりここからここまでというように分けることはできないもの。
ってことは?・・・そこで、また頭がぐるぐるし始めた。
チベットは大陸の一部でもある、国境近くは他国の文化としっかり混ざっているはずだ。
そして、かつて入って来たものを土台に出来上がったものもあるに違いない。
そうなるとじゃあ何がその民族のオリジナルの文化と言えるんだろう。
困ったなあ。
ちゃんと文化人類学とか文化論とかを紐解けばいいのに、異文化論を教えている友人から話を聞かせてもらっただけで、自分で推論しようとする面倒くさがり屋。
話はそれるが、最近難しい本が読めないんです。
かつて愛した、難解な論理がずらずらとあるような活字の小さいのは、見る気もしなくなってしまった。
子供のせいにする訳じゃないけれど、子供を産んでからのこと。
体温が感じられないものは、なかなか自分に入ってくれない。
新たな情報が入る門が頭脳からハートや感覚に切り変わってしまったらしい。



う〜ん、う〜ん。
完全には他国と分離できない、然り。
けれど、どう考えても他国とは違う趣あり、然り。
同じものを土台にしたとしても、異なった発展の仕方あり、然り。
けれど、同根なら底流が共通しているために全く無関係ものにはなっていない、然り。
と唸っているうちに、その民族の元の元の元って、やはり環境だ!ということに結局たどり着いた。
当たり前すぎるくらい当たり前のことだが、あらゆるものは環境が作っていると言ってもいい。
もちろん、数千年前からの環境と言えば自然環境。
地形や天気だ。
気温はどうか、日照はどうか、標高はどうか、山地か平地か、岩か砂か、海岸か砂漠か、湿気はどうかなどなど。
だから、臭いも違うし、適した服も違うし、同じ野菜でも味が違うはずだ。
例えばここに来て実感したのが、雨期の天候の循環。
豪雨が降ったかと思えば、一時間後には真っ晴れ、その一時間後には雷、薄日がさしたかと思えば霧。
こんな天気の中暮らしていると、どんな大雨でも「そのうち止むさ。」と平気の平左。
その辺の軒下に駆け込み、雨をじっと眺めたり、小走りで濡れながら家路を急ぐ人を眺めたりして太陽を待つ。
「どうせ日が照るんだから。」と傘もささずに濡れて歩き続ける事も。
これを繰り返していると、人生「どしゃ降りもあれば晴れもある。」つまり「山あり谷あり。」となってくる。
こんな風にして、自然環境によって引き出された人生観が積もり積もってその民族の特性となりはしないだろうか?
そしてもちろん、自然環境によって形作られた、感じる体だって特性となる。
だから逆に言えば、ここの亡命チベット人はインド人化しているってことだ。
ほんと、体つきや物腰が変化しているのに気づく。
ってことは私もちょっぴりインド人化してるのかなあ、なんていうのはどうでもいいですが。
当然、そんな体から出る声は異邦人の体から出る声と異なり、そんな声に似合うメロディーも違ってくるだろう。
それから、考え方も違ってくるなら歌詞も独自になり、違う感じ方によって、ゾクッとくるリズムやメロディーも異なってくるはずだ。
ね、ね、ね、どうでしょう。
もうひとつおもいろいことに気づいてくれた映像作家の友人のIさんがいる。
「チベット人が自然と他者の上に立つような振る舞いー例えば、他人の面倒をみようしたり意見したりするという行動をするのは、もしかしたら標高の高い所に住んでいることで、下界を高い視点で見ているからでは?」と。
そうそう、そんな感じの推論、結構当たっているような気がする。 
従って祖国の地を追われた彼らの文化の土台は、風土抜きの空中に浮かんだ、思い出の文化ということになる。






ngonpa






2008.12.13.Sat 14:20 | チベット音楽文化

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