様々に去来する思いを透かして
愛するチベット民謡を感じてくれたら。
エマレホー、Tibetan Indigenous Music!
なんて素晴らしい!
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2015.06.01.Mon | -
手洗い、立ちこぎありがとう
すっかり先進国と呼ばれるものになると、不便さはほとんど工業製品やシステム化やサービスによって解消されているし、最新情報はインターネットで検索しちゃうのが手っ取り早いことになる。
よってお年寄りは、若者に囲まれて生活の知恵を教えてくれと頼まれる事もなく、同世代とゲートボールかカラオケをするしかない。
どうでもいい勝負に一喜一憂している振りをして、どうでもいいテクニックを磨こうとするうちに空虚感がじわじわと彼らを蝕む。
おじさん達は自分の会社のことだけにかかりきり。
人に頼らず、ライバルに抜きん出るための方策を考えだすため、日々変化するデータをもとに分析。
しかも生きるために必要のないサービスのために過労死する人さえいる。
若者は特に誰かと話す必要もなくなり、相談したいときも暇なときもスイッチに手を伸ばし、ついにスクリーン症候群になる。

皆の心の中が寒々しくなる。
便利はいいことづくしのはずだった。
便利の中で幸せになるためにどうすればいいのか考えるなんて思いもしなかったろう。

物理的なことがすべて満たされた人が心理療法家を訪れるケースが多いと、昔読んだユングの本に書いてあったけれど、外的なことが満たされてしまった以上、物理的な幸福で内面の幸福をごまかす事はもはやできなくなるということなのだろう。
物質的に満たされてしまえば、ある意味で今までそこから逃げておおせてきた人であったとしても、自らの内面に面と向かわざるを得ない状況に立たされるという訳だ。
掃除機でよく掃除され、空気清浄機で塵一つない状態になった部屋をクーラーで適温にし、最新のオーディオで音楽をかけていたからといって、必ずしも夫婦関係が良くなるわけでも、親子関係が改善するはずもない。
どうすりゃいいんだろうなあ。
優先順位が逆だからにっちもさっちもいかなくなるんだろうなあ。

ふと、こちらでの幸福感を思い出した。
キーワードは人力(じんりき)。

ニューデリーで『リキシャ』という人力車に乗った時、息子が
「どうしても運転手さんに僕のお小遣いでチップをあげたいんだよ、おかあさん!」
と言うのであげさせると、息子はとても満足した。
私たち二人など、サリーから肉がはみだした奥さんと、鼻先より前にお腹が出ているご主人をしょっちゅう乗せている運転手にしてみれば軽いお客なのだろうが、力を込めて坂道を立ちこぎする細身の後ろ姿を見ているうちにそんな気持ちになったようだ。
もちろん彼は新幹線の運転手にチップを渡そうとしたことはない。

愛情も、その人の手によってなされたら、愛妻弁当のようにぐっとくるのだ。
息子が想像を絶するようなひどい下痢と嘔吐で一晩中苦しんだ時のこと、夜中に下痢で汚してしまったパジャマのズボンが翌朝干してあった。
「一体誰が?」
と聞いてみると、息子をかわいそうに思って何かせずにはいられないと、10歳の近所の女の子がごしごしと洗ってくれたというのだ。
母親の私でさえ、これ程ひどく汚れたズボンを手で掴むのは勇気がいるというのにだ。
私はじーんときてしまった。
子供の愛情表現がこんな風になされるとは!

便利は大事なことをわからせてくれるこの人力を、いまいましい労力として捨ててしまったんだ。

2008.04.24.Thu 12:52 | チベット人
体の距離、心の距離
道を歩いていると後ろからいきなり息子の手を握って何か一言声をかけるお坊さん。
「何?あのお坊さんあなたのお友達なの?」
「んんん、知らない。」
話したこともない父兄が、通学途中、後ろからがばっと息子の肩を組んで微笑む。
「おはよう!!! 君の名前は?」
喫茶店で支払いをしていると、後ろで息子に
「おとうさんの名前は何っていう?」
と尋ねる声。
振り返ると、お坊さんはが息子の体に腕を回している。
やはり知らない人。
通り過ぎ様にほっぺをぷりん!と触られることもあり。
よく見ていると、ここの幼い子供達はよくそれをやられている。
私も知り合いとあいさつをしている時など、背中をなでられたり、肩を抱かれたりすることがある。
道ですれ違う時、一言二言のあいさつの間中握手しっぱなしもよくあること。

チベット人はスキンシップ好き。
最初こそ少し戸惑ったが、今では大切にされている感じがしてうれしいし、親しみが湧く一番の方法だなあと思う。

我が家にチベット人が泊まりに来てベッドが足りないと困っていると、平気で
「一緒に寝るから大丈夫。」
と言われる。
誰かの家に行ってみるとどう見てもベッド数と家族の数が合わないので聞いてみると、二人ずつで寝ていると返事が返ってくる。
TCVでも寮では多くの子供が二人一緒に寝ているのだ。
おじいさんが小さな女の子の髪をずっとなでたり、手をさすっていたり、中学生の男の子が父親に抱きついてチューをしていたり、青年同士が抱きついたままお菓子を食べていたり・・・。
日本ではあまり見られない光景だ。

ここに長く滞在しているOさんもおっしゃっていたが、人と人との距離が近い。
だから、知らない人がすっと話しかけてきたり、つかまられたりすることも驚くようなことではない。
最近では私も何か訊きたいなあと思ったら、そこら辺の人の肩をたたいて声をかけてしまう。

法王様のお正月の法話を聞きに行ったときのこと、人々でごった返した席をひとりのおばあさんがどこかへ行こうと人をかき分けかき分け歩いていた。
くねくねとどの方向へ行こうとも、必ず誘導してくれる手が出てくるのを見て、私はなんてうまい具合に親戚や知り合いが配置されているんだろうと感心した。
ところが、実はそれはあかの他人。
息子がトイレに行こうとしたときも同じ状況になってわかった。
彼のために何人もの人の手が伸びてくるのだ。

お供物が配られた時、手を出していたのにもらえなかった息子の空っぽの手を指差して、遠くの方から
「お坊さん!あの子にあげてよ。」
と声が上がった。
それでも大勢の人の勢いでお坊さんが引き返せなくて行ってしまったら、どこかから人の手を渡りさっきのお供物を半分に割ったものが回ってきて、彼の手のひらに乗せられた。
誰だかわからないけど分けてくれてありがとう。
何人もの人、手渡してくれてありがとう。

人と人の距離が近いってこういうことだ。

2008.04.30.Wed 18:25 | チベット人
すっげえミニカー
太陽君の歯は悪化し続ける。
「おかあさんが君のためにミニカーを買ったよ。」
と息子から聞いた太陽君。
歯痛に顔をゆがめながら、どこにあるのか尋ねるので、「歯の治療をしたらあげるって言ってた。」
と息子が伝えると、その言葉を聞いて決心がついたのか、その日のうちに保健室に行って、翌日治療をしてもらったらしい。

あまりに不憫でがまんができず学校にのりこもうかと思っていた矢先だったので、私も一安心。
翌日、息子はきれいな箱に入った3台入りのミニカーセットを持って行った。
太陽君に手渡すと、目をキラキラさせて
「うわあああ〜。」
と夢見心地に眺めたらしい。
バッグにしまっても、ちょっと入り口を開けてのぞいては、
「すっげえなあー。」
と何度もため息をついたそうだ。
太陽君が唯一持っているおもちゃといえば、錆びたぼろぼろのバイク1台。
皆が好きな遊びに使うビー玉さえないらしい。
その話を聞いて、ビー玉は息子に分けさせ、ミニカーを私が買ってあげようと思い立った。
男の子にとって車のおもちゃは特別だから。

TCVの子供は実にたくさんお菓子を買い食いする。
一週間に何十ルピーかのお小遣いをもらって、ガムやらマサラスナックやらを買うのだ。
両親のない子、両親がチベットにいる子は一体どうしているんだろう。
両親が寮母さんに預けてあってそれを時折もらったり、外国からの寄付でまかなっているのだろう。
けれども太陽君は・・・
「僕、不思議なんだ。どうしてみんなにはお小遣いがあるんだろう。」
以前あったお小遣いでボールペンを買ったらしいが、それで尽きてしまったのか。
チベットから逃げて来た子供達は、時折先生が町に買い物に連れて来てあげるそうだ。
「あー、私今度はこんなノート買いたいなあ。」
などと皆はしゃいでいるらしいが、これまた太陽君だけは
「僕には買うお金なんかないよ。」
んんー、何とかせねば!

とにかく次回TCVに行った折には、太陽君の寮を訪ねて寮母さんに少し話を聞きたいと思う。
月に一度の帰宅可能な日、本当の親ではないけれど親代わりに私がなれるものなら二人目の息子として大切にしてあげたいという気持ちがむくむくと湧いてきてしまった。
「今日はどうだった?」
「何が食べたい?」
「もう髪切らなくちゃだめよ。」
こんな風に、その子だけを見つめた会話が子供にとってどれだけうれしいだろう。
うれしい事があった時、報告するととびきり喜んでくれる人がいる。
悲しい事があった時、ずっとそばに寄り添ってくれる人がいる。
普通なら当たり前のことが奪われてしまった子供達。

お金がなくたって、太陽君はきっとお母さんとお父さんと逃げてきたかったはずだ。

チベットをもとに戻して・・・ 
っくやしいよう。

2008.04.30.Wed 18:37 | チベット人
初日の出
『第二土曜日』という名の第二週目の週末は寮から外に出られる日。
両親がチベットにいても、親戚や保護者となれる人が迎えに行ってあげればその人の家に泊まることができる。
私は事前に太陽君が我が家に来たいという意思を確認し、寮母さんにも話しておくよう伝えた。
さあ、待ってってねえ。

土曜の朝10時ころ、タクシーに乗ってTCVに。
彼の寮を探し当て尋ねてみると、妙にしんとしている。
その辺を歩いている子供に探させると、一人の女性が出て来て、
「彼は今朝、友人のお坊さんが連れて行きましたよ。マクロードガンジーの仏教論理大学に。」
なんと!行っちゃったの〜?
なんだ、なんだ、せっかく迎えに来たのに。
もう〜。

でも待てよ。
縁故者がいないと言ってたけれど、迎えに来てくれるお坊様がいるんだ。
よかった。
そうか!待ちきれなくて行っちゃったのかも。
金曜日の夕方に迎えにくる人だって沢山いるに違いない。
後で聞いてみたところによれば、めずらしく寮生全員に迎えが来てひとりぼっちで寂しくなってしまったそうだ。

ちょっとがっかりして帰宅したが、まあすぐ隣が仏教論理大学だから会えるでしょうと過ごしていた。
ところがちらっと息子が見に行ったが会えず。
しかたなく夕飯の買い物に出かけて戻ってくると・・・
「おお、太陽!」
「よお。」
いたーっ!
この子が太陽君か。
シャイで、ちょぴりつり目が印象的で爽やかに微笑む君...かわいいではないか!

少年二人は次の朝会う約束をした。


2008.04.30.Wed 18:38 | チベット人
熱い顔
太陽君は翌朝来るも都合がつかず。
再来したのは午後。
私は聞きたかった事を質問した。
お坊様とは、チベットから一緒に逃げて来た友人の父親だった。
だから我が子のように思って気にかけてくれているに違いない。
と、どこからともなく誰かに電話だと呼び止められ風のようにどこかへ消えてしまった。
どうなってるんだ???
息子が探しても見当たらない。
「あいつはいつもこうなんだ。きっととんでもない所から出てくるよ。」
という息子の言葉を信じつつも、会えないのではと危惧していると・・・

とんでもない所から再登場。
読めない行動、野生の感性、私の好きなチベット人タイプだ。
「3時には戻らなくちゃ。寮まで送ってくれるんだ。」
あと20分しか残っていない。
息子が何をしようか、家に来るかと尋ねてもうつむいていてあまり返事をしない。
どうやら私の存在に緊張しているらしい。
結局遊ぶ時間という程時間がないので、買い物をしようということになった。
息子が誘っても
「いいよ、いいよ。」
と遠慮する。
「何か欲しいものない?お菓子買おうか?」
と私が言うと、
「いらない。お菓子で虫歯になっちゃったんだから、いいんだ。」
とさらに遠慮。
息子は
「嘘ばっか。お前お菓子くれくれっていつも言うじゃないか。買えよ。」
でも、もじもじしてしまって太陽君は動かない。
らちがあかないので、太陽君の大好きな文房具を買いに行く事に無理矢理決めて、お店に。

息子が常連のその文房具屋の店員は、息子が連れて来た太陽君を見つけて息子に尋ねた。
「君の友達? お土産か。」
「そう。」
と、息子。
太陽君は、遠慮しっぱなし。
「僕、顔が熱いよ。」
チベット語で『顔が熱い』は『恥ずかしい』の意。
やはり私にまだ慣れていなくて思い切り恥ずかしいのだ。
「顔を熱くすることないって。お前これ好きだろ? これ欲しがってたろ? あれはいいのか?」
と、息子は見事なリードで親友の遠慮を払いのけてあげている。
良いやつだなあ、わが息子よ。
買い物に行く前は、子供っぽく自分も一緒に買ってもらおうと目論んでいたにも関わらず、息子に渡したお金は彼の判断でほぼ全額、太陽君のために使われた。
買い終わると、ほんの一瞬、それはそれは素敵な笑顔がのぞいた。

「G(私の息子)は、明日学校来るんでしょ?」
太陽君は私に質問した。
「行くよ。」
さては学校で喜び合おうというわけだな。

2008.04.30.Wed 18:39 | チベット人
心優しき山賊
チベット人におこられるかもしれないけれど、彼らは昔、他国からは山賊の住む国と思われることもしばしばだったらしい。
それは国境警備隊だったかもしれないが、見るからに勇ましく、土地勘があり、武器をもって大きな声でどなる様子を目撃したら、私だって「出た、山賊!」と思ってしまっただろう。
幸い話し合いで解決したようだが、先日も知り合いのお坊様がチベットを訪れた折、YAMAHAのバイクに乗り、腰に太刀を差した山賊が出没したらしい。
・・・ちょっとかっこいい。
いや、すんごくかっこいいではないかっ!
会ってみたかったなあ。

で、私は不思議に思う。
そういう人々が、「これではいかん。仏教を取り入れて慈悲の国にしよう。」という王の決断の下、本当に心優しき人に転換してしまった。
こんな民族が地球上に他にあるだろうか。
意識的に多くの人々が一気に方向転換できるものなんだろうか?
本当に不思議な人たちだ。

という素性を持った彼ら。
けれども山賊の名残がないわけではない。
これは秘密です。
威勢がよく、太っ腹。
そして、熱くなる。
小学校で毎日何度も使うこの言葉。
「ゴエ!」
直訳は「必要か。」だが、つまり「やるか!」だ。
すると山賊は何と答えるか。
もちろん、「ゴ!」だ。
「やってやろうじゃないか。」
受けて立つのだ。
ぬはははは。
豪快、豪快。
これがたいそう心地よい息子は
「僕はやっぱり山賊かも。」
と認めております。

勇敢で、熱血漢で、行動派。
洗面器のような大皿で飯を食らい、息子が『大型動物』とあだ名をつける程の体格でのっそのっそと歩き、
大きな声でがははと笑って、言いたい事を遠慮せずにこれまた大声で言い放つ。
こんなおじさん、おばさんが山といる。
山賊家業をしていた人は、昔どこの国にもいる程度のごくごく一部だったのだろうが、このチベット人の特質を悟りや慈悲への情熱へと方向づけたことはすごいことだ。

燃え盛る内なる炎は、何のために使うかによって人は変わることができる。
王様は偉業を成し遂げたのだ。

2008.05.09.Fri 17:55 | チベット人
鼻トントン
TIPAの友人を訪ねて行くが、突然用事が入ってしまい、恐縮しながら彼女は出かけてしまった。
(ここまでせっかく山道をえっちらおっちらやって来たというのに。)
と少ししょんぼりしていると、先日親切に部屋でお茶をごちそうしてくれた女性がベランダに。
「こんにちは。」
少し話をするが、彼女もマーケットに行く用事があるらしい。
ヒマラヤの雪山や滝が見渡せる眺めのいいそのベランダには、彼女の妹と高齢の両親と私が残った。
お互いのことを訊き合っているうち、父親の方はかつてオペラの教師だったことがわかった。
今ではすっかり足腰が衰え、おまけに不眠症続きで体力もなくなってしまったらしく、ベランダをちょこちょこと歩き回るのが精一杯で、日がな一日そこに置いてある特等席に座ってヒマラヤを眺めて過ごしているようだ。
往年のオペラスターの老後。

老いたスターは何やらふいによたよたと立ち上がると、部屋から何かを持ち出して戻って来た。
「日本人ならこれを読んでくれ。」
と小さな箱を私に手渡した。
それは結構値のはる栄養ドリンク。
日本人の友人が送ってくれたらしい。
「これは疲れたときや、体調を崩した時に飲むもので、病気のための薬ではありません。」
と説明すると、せっかくもらったのはいいけれど薬かと思って今まで飲めなかったと言い、そして消費期限を確認して欲しいと頼まれた。
やはりスターはまだまだしっかりしていらっしゃる。
賞味期限は少し前に切れているけれど、味が落ちているだけだからすぐに飲むように勧めた。

と、コックさんが鞘を剥いて欲しいとカゴ一杯のグリーンピース持って来たので、女性三人でしゃがみながらそれを剥き剥き話がはずむ。
TIPAで鞘を剥いている私・・・?
そうやって他愛もない世間話をしているうちに、メイクの話になり、それがだんだん最近流行のプチ整形の話になり、スターの娘が話し始めた。

「カム地方の人は情が厚くて、親切だけれど、一端それに背くと大変なのよ。」
つまり山賊っ気の一番濃い地方ということのようだ。
「ある女性がカムの男性と結婚したんだけどね。
他の男の人を好きになったことがばれちゃったら包丁で鼻を切り落とされちゃったんだって。」
とそこまで言うと、
「落ちたらすぐ元の場所に付ければちゃんとくっつくよ。」
とスターの奥さん。
(! そういう突っ込み)
「そう、ところがね。
そうなっちゃ意味がないって、彼は奥さんの落ちた鼻をトントントンって切り刻んじゃったのよ。」
(鼻スライス!?!)
思わず私の頭の中に横浜の中華街のウインドウに飾られた大きな豚の鼻が出てきた。
「でもね、彼女は整形手術をして今はまあ見られる顔に戻ったわ。」
・・・整形の話題の続きだったか。

でもこれは、これはあの、国内ニュースでは聞いたことがない・・・かな。




2008.05.09.Fri 17:55 | チベット人
雪ヒョウの巣のきんつば
今日この町で日本人観光客のグループを発見。
私はひとり完全な部外者のように彼らを眺めた。
皆、本音を密やかにして『和を以て尊しとなす』笑顔を浮かべている。
誰かがそろそろどこかへ行こうと言い出すのを待っているように見える。
皆の意識は次のことに行っているのに、今の空気を壊さないように話題の続きをオチに導こうとしつつ、話の切れ目のタイミングを探っているのだろう。
実は私も日本ではそういう仲間の一人なのさ。
その時、頭に和菓子が浮かんだ。

きれいにセロファンで個包装された和菓子
丁寧に手入れをされた茶室の菓子皿に乗ることもあるし、冷えたガラスのショーケースに入ることもある。
完全には接触しない。
お互い働きかけるより、染み込むことを願う。
きちんと整列。
和を乱さない。
汚れない。
無臭。
これはきっと日本人の個性が集団の中で適応できるように工夫された結果に違いない。
微妙さを感じるためには動かないし、臭いもさせないし、染み込ませるのだ。
それならチベット人はどんなイメージ?

時には泥まみれになり、時にはじりじりと陽に焼かれながら、空腹になれば獲物を捕り、喉が渇けば水晶のように透明で冷たい湧き水を好きなだけ飲む雪ヒョウ
木の上で風に吹かれて昼寝をすることもあれば、岩場の上から谷を見下ろすこともある。
完全には離れない。
お互い真ん中から働きかける。
目指す所に突進。
好き放題にし合うのが和。
汚れるなんて気にしない。
生き物の臭い。
タガもない代わりに見えない膜が取り払われて、肉眼で見ている感じがする。
その分深い傷を負うこともあるのだろうか?

雪ヒョウの中の和菓子である私は、今セロファン包装がはがれつつあるようだ。
そしてお菓子ながらもわずかに動き始めた。
何に変身するのだろう。

2008.06.08.Sun 18:57 | チベット人
夏休みの太陽
試験期間も終わり、ついに夏休みがやってきた。
寮生活の子供達も保護者かそれに値する人がいさえすれば、今日から10日間校外で生活する事が出来る。
太陽君も知り合いのいる論理大学にやってきた。

夏休み初日の朝からノックの音。
「G・・・。」
優しくて小さめのこの声は、太陽君だ。
ドアを開けると、例の爽やかな笑顔。
TIPAでのレッスンとその後に行く予定のプールにも一緒に行くことを提案すると、生真面目な太陽君は保護者の許可をもらってくると、風のように去っていった。
無事夕方までの許可をもらって戻ってきた彼を連れ、ダムニェンをかついでいざ出発。

私がレッスンの間、子供2人はテレビを見たり、ボール遊びをしたり。
太陽君は時折私のレッスンの様子が気になるらしく、息子の陰から私をじっと見ている。
「歌好き?」
と尋ねると、
「うん。」
ならば、将来TIPAに入ったら?などとそそのかしてみた。
おいしいお昼ご飯をいただいて、少し早めに先生のお宅をおいとまして、プールへ。

先日おじゃました日本人のダンスの先生の豪邸のプールに着くと、太陽君は満面の笑み。
冷たい水に足をつけるて
「アチュー(冷たい!)、アチュー!」
といいながらも笑顔がこぼれる。
あっという間に全身入って、水の中で息子と暴れ泳ぎ。
とにかく足をばたばた動かす、これぞバタ足。
そして何でもいいからとにかく手で水をかいてかいてかきまくる。
たくさんの水しぶきをあげて大笑いだ。
その後合流したNさんがちゃんと前進する正式なるバタ足を指導してくれ、太陽君はおそらく生まれて初めて泳ぎを習うことができた。
そのうちガチガチと口が震えだしたので、お風呂に入らせると、
「んああ〜っ、気持ちいいなあ、これ。本当に気持ちいいよ。」
とこれまた生まれて初めてのお風呂にいたくご満悦。

帰宅後はいったん保護者のところに戻るとすぐに我が家にやってきたので、計画していた夏休みのお小遣いを二人に手渡した。
太陽君には、今まで入れる物もなかったから持っていなかったお財布もプレゼント。
2人はさっそくショッピングだ。
おもちゃの売っている小さなお店に言って、ああでもないこうでもないと少年2人は論議をしつつお店のおじさんにいろいろ注文をつけている。
お目当てのものがないらしく、おじさんが明日倉庫をよく調べてみる事で決着。

ところが翌日太陽君は、お小遣い全額を手にやってきた。
「町に行くなら、腕時計を買ってきて欲しいんだ。」
唯一、両親からもらった腕時計が1ヶ月程前に壊れてしまっていた。
腕時計には少なすぎるそのお金を真剣に役立てようとしている太陽君がいとおしい気持ちでいっぱいになった。
息子から時計が壊れたことを聞いていた私は、すでにhusに日本で買って送ってくれるよう頼んである。
「太陽君、時計は1〜2ヶ月待っててね。Gのおとうさんに頼んであるから。
これは自分の好きなおもちゃや学校で必要なものに使いなさい。」
と言って小さな手のひらの中にしまい、そっと握らせた。


TCV gate


2008.07.10.Thu 23:25 | チベット人
カムカムラサボーイ
お菓子やピーナツバターをあげても、大きいボトルのジュースをあげても、息子のポロシャツをあげても、全て10日間の休みが終わったら寮に持って帰るから今はここに置いておいて欲しいと言う。
次第に大きな紙袋は膨らんで、残ったお小遣いで買った食べ物を入れたらもう入らなくなった。
今まで彼は寮の子供達が自分自分で家族に用意してもらったおやつやパンに塗るものを寮母さんに預けて、必要な時に受け取って食べているのを横目で見ているだけだったが、これで同じように食べる事ができる。

太陽君は私に大好物を教えてくれた。
「僕が一番好きな食べ物はねえ・・・シィペンなんだ。」
何だと思いますか?
多くのチベット人の大好物でもある唐辛子。
とにかくどんな食べ物にでも混ぜたりつけたりして食べるのが好き。
実は私自身も今やこれなしでは一味も二味も違う。
ニンニク入りの香りのいいものや、インド風のスパイスにつけこまれたマンゴーが入ったものや、シンプルなものなどいろいろな種類が売っていて、ほとんどがペースト状になったもの。
彼もこれがあると食が進むようだ。
小さなパックを5日でひとつたいらげると言って太陽君は笑った。
きっとそのせいだろう。
1袋私があげたにもかかわらず、すぐにもう1袋買って来た。
では来月にボトルで(!)買いましょうということにしてひとまず唐辛子を忘れてもらう事にした。
そして肝心の腕時計のなかなかいいものが売っていたので、日本からの到着を待たずにさっさと買ってしまう事にした。
それから先日撮った写真や今回の休み中に撮ったプールの写真などを焼いて太陽君の袋に入れておいた。

ある日、息子のおもちゃ箱を見て太陽君は、小さなキャラクターの人形がひとつ欲しくなったらしい。
息子が私にそれを伝えようとすると、
「やめろっ、やめろー。言うな〜っ! ワーワーワー。G、嘘だよ嘘ついたんだよ、僕。」
と必死で阻止。
欲しがりは人としての品位が下がると思っているらしいところは、さすが誇り高きカムカムラサボーイ!
武士は食わねど高楊枝。
侍とも気が会うよ、君。

そう、彼の両親はカム出身。
で、彼はチベットの大都会である首都のラサでそんな両親から生まれ、育った。
カムパが都会派になるとこんな感じになるのだろうか?

その数日後、夏休みが終わり寮に帰る日がやってくると、彼は息子を呼び、寮から持って来た荷物とお菓子をパッグにぎゅうぎゅう押し込む作業をした。
それが終わると私が吐き気で寝ている部屋に入って来て、
「あんなにいろいろありがとう。
これ・・・。
あとこれはGにあげて。」
と言って『日○本』(真ん中の○は赤い日の丸)と毛筆で描いてある手ぬぐいはちまきとボールペンをくれた。
何?
Gにボールペンはわかるけど、出陣せよとな?
こんなことしなくていいのに。
けれども、太陽君の喜びを受け取ることも大切なことだから、カムカムラサポーイとしての返礼を有難く頂戴しようと思った。

こうして太陽君のインド亡命後初めての短い夏休みは終わった。



2 palasols



2008.07.10.Thu 23:28 | チベット人

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